洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第19話

第19話:ある“下げ”が入った夕方の事、ある半ドンの日、ある夜勤

 彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200806」より。ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。

06/24/08(2008年6月24日)

2008年6月24日の彼・その1

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は日勤。
昨日と打って変わって、朝から暑い・・・。
パートナーと朝食をとる前に、病院から処方された薬をパッケージから必要な数を出していた。パートナーは僕が1回に飲む飲み薬の量を観て、固まっている。パートナーは僕に「こんなに薬を飲まなあかんの?」と訊いてきたが、僕は「身体がジジイだからね・・・。色々とあるみたいなんだよ。」とごまかす。

出社して作業着に着替えると、オフィスに向かう。すると、夜勤の人たちがオフィスの片付けをしていたが、僕の姿に気づいて「もう大丈夫なんですか?」と声を掛けてくる。
しばらくして、上司が出社したことに気付いて、病院の領収書と診断書などを提出。
この日は、郵便受けの確認と電話応対などのデスクワークを何とかこなした・・・。

2008年6月24日の彼・その2

©2021 Ryoichi Satomiya

午後6時過ぎ。
帰る仕度をしようと机上を片付け始めたその時、ネットでうちの会社のページを見て電話したという若い男性から「(東京都)○○市だが、自殺した人の遺体の運び出しと葬儀を頼むことが可能か」という電話を受けるが、何だか会話の音声にエコーみたいなものがやたらとかかっている。
これは僕の憶測だが、電話をかけているこの人は自殺した人の遺族か関係者の一人で、警察署の建物の中か立体駐車場から掛けてきているようだ。僕では何とも出来なかったので、男性には電話を切らずに待ってもらい、帰る身支度をしていた上司を捕まえると、上司のSに「*1下げが入りましたが、どうも警察署からお掛けのようで・・・。お客様からいただいたお電話だけでは、ご遺体の状況がハッキリしない状態なのですが・・・」と言って、この電話の応対を頼んだ。
電話が終わると、上司は血相を変えて、僕に「今から○○市の警察署に行ってくるから。*2棺一になるかもしれないから。もし必要な場合は○○さん(“彼”のこと。)に電話するんで、悪いけど残って!」と言ってきた。僕の残業が確定した・・・。
上司がほかの部下を1人引き連れて足早に移動するのを見届けると、僕は急いでパートナーの携帯にメールを送る。

前から思っていたのだが、どうして自殺した人の葬儀に関する電話は(東京都)○○市からが多いのだろう?

残業が終わって、24時過ぎにいつもより高いタクシーに乗って帰宅すると、パートナーは明日も早いので先に寝ている。僕のために、*3高野(たかの)のクリームメロンパンを買ってきたという内容の書き置きと、パンが入っていると思われるレジ袋がテーブルの上に置いてあった。どれくらいぶりだろう、メロンパンって・・・。

06/25/08(2008年6月25日)
今日は日勤。朝から曇っている。
パートナーと朝食をとるが、また僕の飲み薬の量を観て固まっている。
この日は、昨日の残業のこともあって、僕だけ特別に*4半ドンになった。

帰宅すると、僕の部屋に隠してあるヘソクリの一部を出してきて、Tくんに立て替えてもらった僕の入院費用などのお金を用意する。給料日までまだ2日あるのと、こういう事のお金は早く返した方がいいと思ったからだ。これで足りると思うが、もともとこのヘソクリは、パチンコで得た、折り目だらけでグシャグシャのお札だ・・・。さすがにこの状態で彼に渡すのはどうかと思い、それを色のついたレジ袋へ詰め込むと、急いで(立川駅)北口にある銀行の窓口へ行き、新札に交換してもらう。初めは窓口の人から変な目で見られたが、ちゃんと交換してもらうことが出来た。窓口でTくんに返す金額分の新札を観た途端、僕は急に心が浮き足立ってしまった・・・。
お金の交換を済ませて足早に帰宅すると、僕の部屋の中にTくんに返すお金を置く・・・。

Tくんの事を終わらせると、気分転換と空腹を満たすためにコンビニへ出かけて、ナポリタンを買って家に戻ると、*5チンして、冷蔵庫にあった温泉玉子を1個入れて食べる。その後、病院の飲み薬を飲む。

薬をどうにか飲み終えて少しすると、近所にあるパチンコホールの1つへ行って*6『フィーバーパワフルZERO』を打つも、台は静かだった。これでダメなら帰ろうと思って打った*7エヴァの台が*8爆発して、8万5千円を手にした。帰宅すると、先に帰っていたパートナーに怒られた。パチンコで爆発してしまうと、帰宅時間が遅くなるものなのだよ・・・。
僕は昨晩のパートナーがメロンパンを買ってきた店の名前を思い出して、「今度、*9新宿のフルーツの食べ放題、行ってみない?」と言ってパートナーの機嫌を取ろうと試みたが、「前に会社の人から聞いたことありますけど、*10あの店、男は入れないですよ」と言われてしまう。僕は「そうなんだ・・・」としか言えずに、小一時間無言になって、何だか気まずくなってしまい、一人シャワーを浴びに行って、パートナーより先に休んだ・・・。

06/26/08(2008年6月25日)
今日は夜勤。朝から、冷たい雨が降っている。
夜勤に備えて、家で昼食をとったり、病院から処方された大量の飲み薬を飲んだり、ネットサーフィンしたりして体力温存する。

その傍ら、昨日から思っていた(東京都)○○市の事を調べてみようと思ったが、どうすればいいか分からないので、とりあえずテレビの深夜番組で知った、訳あり不動産物件の情報を載せているというウェブサイトにアクセスし、○○市の事を入力してみると、1984年から最近までに他殺・孤独死・自殺があったというアパートや団地の情報が大量に出てきた・・・。

夜勤中。
今のところ、葬儀の相談や依頼に関する電話は来ていない。
僕が睡魔対策に*11コサキンのラジオを聴いている最中。僕のところにほかの夜勤の社員から(東京都)○○市で亡くなったという人の遺体(昨日書いた人とは、また別。)が、先ほど、会社の中の遺体安置室へ運んだとの報告を受ける。

2008年6月26日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

トイレを済ませた帰り。
ほかの夜勤の人の目を盗んでこっそり安置室のほうへ近づくと、社員の不注意なのか、このときの安置室は灯りがついたままで、鍵が掛かっていなかった。
僕のロッカーに置いてある未使用の*12簡易的な使い捨てマスクを1つ持って急いで戻って来ると、そーっと安置室へ覗きに行った。年齢のせいもあるのか、安置室の中はただひたすら寒くて、薬臭い・・・。
そこには亡くなった人が2人いて、一人目の亡くなった人は*13面布(めんぬの)で*14お顔伏せをして、病院の*15患者衣を着た状態で*16専用の担架で横になっていた。もう一人の亡くなった人はお顔伏せをしていなかったが、遺体っぽさのない生々しい見た目をしていて、詰め襟の学生服のような服を着ていて、なぜか床の上に敷いた数枚のベニヤ板のような木の板の上に横になっていて、異様だった・・・。この時の僕は「何だ、この扱い方?!なぜ担架に寝かさないんだ!」と思いながら、その異様な亡くなった人を1分ほど観ていたが、その人に施されている様々な薬物の臭いで頭痛がしてきたため、僕は急いで外へ駆けだした・・・。

外で深呼吸をしてオフィスに戻ると、僕がさっき観てきた人たちの情報の書類に目を通す。
一方は心不全で救急搬送されたが助からなかったという30代の男性。あの異様だと感じた人は、薬物乱用で亡くなった10代の男性で、遺族の希望で*17エンバー処理済みなのだという。書類の備考欄には手書きの赤い字で「(あの人の)身長に合った棺がうちの会社にないため、朝になったら、*18エンバーの人用の棺の特注サイズの注文許可を頼んで」と書いてあった。そう言われてみれば、あの人はモデルさんに大分手足が長かったように見えた。うちの会社の*19“ろくにいご”などの棺では無理があると判断するのも、分かるような気がする・・・。

06/27/08(2008年6月27日)
この日は休み。朝から曇っているが、外は少し暑い。
朝はパートナーととったが、あの大量の飲み薬との格闘したせいで食欲がわかず、僕だけ昼食を食べずに、お茶を飲みながらテレビを観ていた・・・。あの薬たちを飲むようになって以降、今まで生きがいの1つであった食事に嫌気が差すようになってきている・・・。

昼食を食べに行っていたパートナーが、昼食を断った僕の事を気にして、Mサイズのフライドポテトとイチゴシェイク1つを買ってきてくれたが、「フライドポテトの量が多過ぎる」とパートナーに言う。結局、フライドポテトだけはパートナーと分けて食べた。

06/28/08(2008年6月28日)
この日は日勤。朝から曇っているが、外は少し暑い。
この日は休みのパートナーと一緒に食事をとる。

昼休み中。
オフィスを出て、自社ホールの片づけから出てきたTくんを捕まえに行くと、6月23日の時に建て替えてもらったお金を渡す。

午後4時過ぎ。
デスクワーク中に*20遺体移送の依頼が来る。電話は、僕が入院していた病院からで、しかも電話してきたのは僕を担当していた女性の看護師だった。向こうさんが電話に出たのが僕だと気づくと「お元気でお過ごしですか?」と訊かれた。なんで病院の看護師さんって、死に直面した後でも明るいトーンで電話出来るんだろう・・・。
日勤の時間が終わって、帰る仕度をして会社から出ようとする途中、会社の中の遺体安置室の中は、久々に様々な事情で預かっている亡くなった人が複数いるらしく葬儀屋専用の防臭剤などの薬物の臭いが混ざった気体が廊下中に充満してきている。少しいるだけでも頭が痛い・・・。なんか*21「地下鉄サリン」で亡くなった人が何人かいた時のことを思い出す。今日の夜勤の人たちが何だか可哀そうに思えてきた・・・。

06/29/08(2008年6月29日)については、諸事情でカットさせていただいた。

06/30/08(2008年6月30日)
この日は日勤。外は少し暑いが、朝から雨が降っている。
パートナーと一緒に食事をとるが、僕が飲み薬を用意している最中にパートナーから「ほかの病院へ行くことを考えた方がええんちゃう?」と心配される。パートナーからしたら、近所の総合病院ではなく、大学病院や(東京)23区内にある大きい病院にでも行ってもらいたいのだろう。23区内はまだトラウマがあるんだよな・・・。

デスクワーク中、「ネットで会社のページを見て電話した」葬儀費用の相談の電話が集中した。今日は火葬式の相談が多かった・・・。

→つづく・・・。

参考資料
日本語俗語辞書「チンする」
http://zokugo-dict.com/17ti/chinsuru.htm
中本葬祭「亡くなった人の顔に白い布を掛けるのはなぜ?」
https://nakamoto.jp/%e4%ba%a1%e3%81%8f%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%9f%e4%ba%ba%e3%81%ae%e9%a1%94%e3%81%ab%e7%99%bd%e3%81%84%e5%b8%83%e3%82%92%e6%8e%9b%e3%81%91%e3%82%8b%e3%81%ae%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%9c%ef%bc%9f/

*1:「下げが入りました(または、下げが入る)」とは、葬祭業界や遺体搬送業者の中で使われる隠語の1つ。意味は「お亡くなりの一報が入りました」。

*2:「かんいち」と読む。葬祭業界用語の1つで、遺体を直接棺に納めて、葬儀なしですぐに火葬すること。国定伝染病や、事件・事故などで大きなダメージを追って亡くなった人の場合に行われることがあるという。

*3:2000年代から現在も売っている、新宿のある老舗果物店のパンコーナーで製造・販売されているメロンパンの一種。パンの内部に、メロンの果汁が入ったクリームが詰まっているだけのもの。発売間もなかった頃は、このパンを買うために毎日のように行列が出来ていたこともあったという。現在は赤肉メロンのクリームが詰まったパンと青肉メロンのクリームが詰まったパンのほかに、季節によってはマンゴーの果汁が入ったクリームの詰まったパンが販売されていることもあるという。

*4:1950年代から1990年代までの日本の企業に存在したという、午前中に業務終了して、午後が休みの早期終業のことを指す俗語。「午後半休」とも言う。

*5:日本だけで通じる、電子レンジで調理することや料理を温めることを指す俗語。近年は「レンチン」と呼ばれることもある。これは、かつての家庭用電子レンジの調理完了を知らせる音が「チーン」であったことに由来している。

*6:2006年に登場した、1990年代の人気パチンコ『フィーバーパワフルIII(スリー)』をもとに、2000年代当時の最新機器や技術を使って製作されたパチンコ台。リーチがかかった時、中央のマス目の中を果物のメロンのような図柄が通過した直後に7図柄が止まれば大当たりというシンプルなゲーム構成と、大当たりラウンド終了後は必ず確率変動に突入するというのが特徴だった。現在、このパチンコ台は現行の日本の法律の都合で、パチンコホールでの稼動が禁じられている。

*7:書かれた年月日から推測して、2005年に登場した『CR新世紀エヴァンゲリオン使徒、再び~』というパチンコ台の事ではないかと思われる。

*8:パチンコ用語で、短い間隔で大当たりを引き続けている状態を指す。

*9:東京・新宿にある老舗果物店が、1987年から始めたフルーツの食べ放題が名物の飲食店のこと。しかし、この果物店によるフルーツパーラーのスペース拡張の都合で、2021年3月31日を以て終了した。

*10:都内にいるフルーツ好きやフルーツパーラー好きの人の間での言い伝えによれば、かつて一部の男性客がフルーツパーラーやフルーツの食べ放題を利用している女性客をナンパしたことが原因で、この果物店によるフルーツパーラーとフルーツの食べ放題の飲食店への男性の入店は禁止になった。最近、あるフルーツ好きの人のSNS情報によると、男性入店禁止は現在も続いているという・・・。

*11:1981年10月8日から2009年3月28日まで、TBSラジオで放送されていた深夜帯のバラエティ番組。パーソナリティは“コサキン(小堺一機関根勤)”。

*12:いわゆる不織布マスクのこと。昭和生まれの人の中には、ガーゼマスクを“ちゃんとしたマスク”。不織布マスクのことを“簡易マスク”と呼ぶ人がいた。

*13:「顔かけ」や「打ち覆い(うちおおい)」や「面布(めんぷ)」などとも呼ばれることがある。臨終後に身近にあった白いハンカチやガーゼということもあれば、葬祭業者が「お顔伏せ」という物を用意することもあるという。

*14:遺体の顔に、顔を覆うくらいの大きさの白い布をかけること。諸説あるが、昔は現在のように遺体の表情を整える技術もなかったために、目が開いたまま死んでいる事などがあるため、それを怖いと感じた誰かが布で死者の顔をおおい隠したからとか、現代のようなご遺体の腐敗の進行を遅らせる術がなかった時代に、故人の尊厳を守りたいと思った誰かが、時間の経過と共に痛んでいく様を隠すためだと言われている。

*15:「かんじゃい」と読む。主に、医療機関での検診や人間ドックを受ける際に着替えさせられるボタンや金具のない衣服。救急などの緊急時や手術を受ける際のパジャマの代用品としても使われることがある。メーカーや医療機関によっては、「検診衣(けんしんい)」または「じんべいパジャマ」などと呼ばれることがある。

*16:この中で言っている「専用の担架」とは、葬儀社などで使われる「遺体用担架」と呼ばれる物のことと思われる。

*17:葬祭業界用語の1つ。エンバーミング日本では「遺体衛生保全」とも呼ぶ。)の略称。薬品などを使って、遺体に防腐防止・感染防御・ダメージ修復などの処置を施すこと。土葬が基本のアメリカで始まったと言われている。遠方にいる人にもお別れをさせてあげたいとか、葬祭場または火葬場が利用できるまでの待ち時間が長期化しているなどの理由で、日本での需要が年々高まっているらしい。葬儀社によって、応じてくれるところと応じてもらえないところがある。

*18:エンバーミングを施した遺体専用の棺のこと。通常の棺は亡くなった人(故人)の顔が見られるようにフタに窓がついていることが多いが、この棺の場合はエンバーミングを施した亡くなった人との対面を想定して、亡くなった人の上にはアクリル製の透明なフタが中にあるという感じの作りになっている。この専用の棺を扱っている葬儀社や専門業者は、日本ではまだ少数だという。ちなみに、エンバーミングを施した遺体の火葬についての情報は、現時点では発見することができなかったため、今回は“不明”とさせていただく・・・。

*19:日本の最も一般的な棺の大きさである、6.25尺(約190cm)を指す葬祭業界用語。遺体の身長・状態によっては、6尺(約181cm)・6.25尺。または6.25尺以上になることもあるという。

*20:葬祭業界用語の1つで、遺体を霊柩車などで、病院または警察署などから自宅か斎場へ運ぶこと。

*21:1995年3月20日に、東京都内の地下鉄で発生した「地下鉄サリン事件」と呼ばれる、日本で初めての同時多発テロ事件のこと。営団地下鉄(現・東京メトロ)の営業運転中の地下鉄車両内で、宗教団体オウム真理教の教祖の指示で動いた一部の信者によって散布された「サリン」という毒ガスが原因で、乗客と地下鉄側の乗務員・係員。更に、被害者の救助にあたった多くの人にも被害を出した。死亡した者もいるが、一命は取り留めても社会生活が送れないほどの障害に苦しみ続けている人が現在もいる・・・。