洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第33話

第33話:From SAT/テツローと(私にとっては涙とトラウマだらけの)新宿・その3

山野とサトミヤ

©2020,2021 Ryoichi Satomiya

テツローと昼食を取った後、代々木駅前を少し歩く。
途中、山野ホールの前を横切った。私はここを横切ると、何故か「早く死ななくては・・・。」という気分になってしまう。
突然テツローが「か、歌舞伎町行きません?」と言ってきた。

新宿コマ劇場

©2020,2021 Ryoichi Satomiya

その後、*1ドンキの近くにあるゲートから歌舞伎町の中へ入る。ところが、*2コマ劇場の裏側の近くに差し掛かった途端、テツローの気配が消えた。
私は慌ててテツローを探すと、テツローがコマ劇場の裏側の道路に書かれている、消えそうな人の形のような白い縁取りと菊の置かれている場所を向いて合掌をしていた。
私がテツローのほうへ行くと、テツローは目を開けて、私の方を向いた。
テツロー「あ、すいません。つい前の仕事の癖で・・・。行きましょうか。」

コマ劇場から*3ミラノ座の辺りへ移動中に、私はテツローにコマ劇場と*4シアターアプルが12月で無くなることを言ったが、彼はその事を知らなかったらしく、ショックを受けていた。

ミラノ座

©2021 Ryoichi Satomiya

テツロー「今は無いけど、僕が若かった頃は*5ミラノ座の前には噴水があったんだ。」
敏宮「噴水?」
テツロー「*6(19)97年のエヴァの劇場版が上映していた頃まであったのは覚えてる。確かあの日は、*7映画の看板の架け替えをしようとしていたなぁ・・・。」
敏宮「歌舞伎町に噴水があったというのは初めて聞きました。私が新宿の街に来るようになったのは2000年代からなんです。」

歌舞伎町の噴水

©2021 Ryoichi Satomiya

テツロー「そう・・・。僕が高校か大学の頃は、新宿の街は午後から夜になると、元気なお兄さん・お姉さんのたまり場になっていて、特に歌舞伎町の噴水がすごかったね。秋に*8六大学野球があった後は球場から大学の人たちが来て、噴水に飛び込んではしゃいでいるのを観たことがある。僕は怖かったよ(苦笑)。」
敏宮「そうなんですか(苦笑)。」

カラオケボックス

©2021 Ryoichi Satomiya

そのあと、歌舞伎町にあるカラオケに行った。*9「旅人よ」、*10「Thanatos -If I Can’t Yours-」、*11「サヴォタージュ」、*12「いとしのマックス」・・・などと、お互いの知っている曲を数曲唄った。
途中、どちらかの入力ミスだったのか、*13酒井法子の「夢冒険」が始まろうとしていた。
唄えないのなら曲を止めれば良いものの、テツローが唄い始めた。だが、曲の前半でギブアップした・・・。

カラオケボックスから外に出ると、夕方になっていた。
その後、彼から映画に行かないかと誘われたが、ミラノ座ではなく、なぜか(新宿駅)南口の方へ移動する・・・。
*14南口から横断歩道を渡ってタカシマヤタイムズスクエアまで歩いていき、デパートの中に入ってエレベーターを待つが、ずっと待っていてもエレベーターが来ない・・・。テツローに「ちょっと大変だけど、エスカレーターへ行こう」と言われる。
テツローの後を追ってエスカレーターを乗り継いでいくと、12階に着いた。そして、CDショップやカフェなどを通り過ぎると、ミニシアターに着いた。するとテツローから「ここのスクリーン、東京で一番大きいんだそうです。もし良かったら、映画観ていきませんか?」と誘われた。
こうして私は、テツローと映画を見て、帰宅した。

つづく・・・。

参考資料
LEON「新宿・歌舞伎町はなぜ東洋一の歓楽街になったのか?」https://www.leon.jp/lifestyle/12254
千駄木菜園「歌舞伎町の噴水はいつなくなった?」
https://tkobays.blogspot.com/2020/09/14.html
ガジェット通信「学生は昔から馬鹿(コマ劇場前の噴水の思い出)」https://getnews.jp/archives/412252
マイナビ学生の窓口「今はなぜ私服? 大学生はいつまで学ランを着ていた? 歴史を調べてみた」
https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/17334
DVDボックス『新世紀エヴァンゲリオンTV放映版DVD-BOX ARCHIVES OF EVANGELION』特典映像
新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』TV放映時特別番組、『新世紀エヴァンゲリオン』再々放映時特別番組

*1:歌舞伎町へ繋がっている通りの1つで、2000年にオープンした大型ディスカウントストアあるエリア。近年は、この通りからゴジラの首が見えることから「ゴジラ通り」と呼ばれているという。

*2:新宿コマ劇場のこと。歌手の北島三郎や俳優の松平健などの大物芸能人が座長を務めるショーのほかに、大みそかの演歌特番の会場の1つとして有名だったが、施設老朽化と経営難のために2008年12月31日で閉館した。その後、1年かけて解体された。現在跡地にはゴジラの首が生えたビルが建っている。

*3:1956年12月1日に開業し、2014年11月21日に閉館した、新宿区の老舗映画館の1つ。日本最多座席数のスクリーン(※映画館の上映スペースの俗称の1つ。)があった。

*4:新宿コマ劇場の地下にあった劇場の1つ。2008年12月31日で閉館。様々な演劇・ショーなどが上演されていた。特に毎年の夏に上演されていた、小堺一機による演劇・歌謡ショー『小堺クンのおすましでSHOW(※シアターアプル閉鎖後。ほかの劇場へ活動の場を移してやっていたが、小堺一機が還暦になることを機に2017年で終了した。)』と、関根勤が座長を務める劇団カンコンキンシアターの定期公演『クドい!』があったことでも有名だった。

*5:1960年代に作られたという、ミラノ座や小規模の映画館の入ったビルに囲まれた中にあった空間の中にあった噴水のこと。広場の中央には7色のスポットライトが当たり、4種の大きなプランターが飾られていたという。かつては「レインボーガーデン」や「ヤングスポット」などとも呼ばれていた。その頃の数多くの若者や、近くにある神宮球場六大学野球帰りの大学生たちがここの噴水の中に飛び込んで大騒ぎしていたことから、“若さを爆発させるための名所”の1つとして、1960年代から1990年代までの東京都中の若者たちに知られていたという。ちなみに1970年代のあるテレビドラマに、主人公と仲間がここの噴水に飛び込んで地上に上がるシーンがある。ところが、バブル崩壊後から野宿する人が数多く現れたことや、1998年に新宿区側が「噴水に入るのは危険」と判断したことから噴水は撤去されて、その後は「シネシティ広場」として整備されたのだが、歌舞伎町の再開発の一環として、2010年代に“ただの広場”として再整備された。

*6:1997年7月公開の劇場アニメ『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のこと。ちなみにこの作品の実写パートの中には、ミラノ座のスクリーンが“出演”している。この事が縁で、2014年11月に行われたミラノ座の「さよなら興行」でも、この作品が上映された。

*7:新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』上映日前日の夜の新宿ミラノ座の周りには、上映が終わった映画の看板を外して『新世紀エヴァンゲリオン劇場版・・・』の看板を取り付ける作業を見るためだけに、エヴァのファンや若者たちが集まっていたこともあったという。東京の一部テレビ局がその模様を撮影したり、集まっていた人にインタビューしたりしていた。

*8:1903年に行われた早稲田大学慶應義塾大学の対抗戦である早慶戦を発祥と言われている、大学野球団体・東京六大学野球連盟が、1925年から春と秋に東京都新宿区にある明治神宮球場で開催している野球大会。

*9:歌手・俳優の加山雄三が1966年に発表した曲。くわしくはコチラ

*10:1997年のアニメーション映画『新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に』の中の第25話「Air」のエンディングで流れていた歌。

*11:大江千里が1988年に発表した曲の1つ。くわしくはコチラ

*12:シンガーソングライターの荒木一郎が1967年に発表した曲。くわしくはコチラ

*13:1987年に発表された曲で、テレビアニメ『アニメ三銃士』主題歌。1988年の第60回選抜高等学校野球大会の入場行進曲に選定されている。

*14:2008年当時。「バスタ新宿」は建設準備中だったので、横断歩道を渡って2,3分歩けば、タカシマヤタイムズスクエアに行くことがまだ出来た。