洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧ペンネーム・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第4話

第4話:ある派遣会社の話、あるアルバイト社員研修、1月の大雪

 彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200801」より。ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。

01/18/08(2008年1月18日)

2008年1月18日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は夜勤。
出勤すると、帰り支度中の日勤のオフィスや自社ホールの受付の女性たちが更衣室で、「*1派遣会社から人を呼べなくなったって、何よそれ!」とか「私たちを過労死させたいのかしら」という、おしゃべり(愚痴?)を繰り広げているのが耳に入った。会社に来る前にテレビのニュースで聴いていたけれど、こっちにもとばっちりが来る可能性でもあるのだろうか?
この日は葬儀の日程の相談電話・1件、ファックスでの葬儀の相談と回答・1件、火葬待ちのために預かっている亡くなった人の状態確認をした。

01/19/08(2008年1月19日)
この日は休みのはずだったが、パートナーとの朝食の支度中に、会社から「告別式の司会をする社員が交通事故に遭ってケガした」という電話が来て、緊急出勤。
この会社に入って、葬儀の司会は何度もやってきたのだが、未だに緊張するし、慣れない・・・。

01/20/08(2008年1月20日
この日は日勤。パートナーと朝食を取る。
午前中は、先月僕が面接をして採用したアルバイトたちの研修。最初に行ったのは、会社で使っているものと同じ作りの研修用の*2“ろくにいご”を使って、棺に納められる側の気分を体験してもらうために、棺に数十秒入ってもらう事から始まる。次にK君を仏様役にして、亡くなった人を棺に納める際の身支度の練習と棺に納める練習をしたのだが、何だか声出し過ぎて疲れた・・・。
練習役になっていた時に棺の底に叩きつけられてしまったK君の腰が崩壊していないことを祈る・・・。

01/21/08(2008年1月21日)
この日は日勤。パートナーと朝食を取る。
朝8時過ぎにデスクに着くと、K君が出社しているのに気づいて、腰のことを訊きに行く。「たいしたことにはなっていないと思うので、大丈夫です。今週は病院へ行く時間を捻出できないので、ドラッグストアの強い薬の湿布を貼りまくってデスクワークに専念するので、ほかの人を探してください」と言われた。なぜだろう。この時のK君の笑顔には、圧のようなものを感じた・・・。
デスクに戻ると、社内用のメールを使って、協力してくれる社員がいないか呼びかけてみる。しかし、昨日の話が社内中に広まったのか、返信が来るまで4時間ぐらい掛かった。1名の男性社員が名乗り出てくれたのだが、営業を担当している人の一人で、柔道の有段者でガタイのいい人だった。ありがたいが、なんだか研修のアルバイトたちの足腰に悪影響が出るような気がする・・・。

朝9時過ぎ。
「ネットで会社のページを見て電話した」という若い女性から、電話で葬儀費用の相談の電話を受ける。3分くらい相談を受けた後に「検討させていただきます。」と電話終了。これ以降、この女性からの電話は来なかった。
朝10時過ぎ。
「ネットで会社のページを見て電話した」という、別の若い女性から、電話で火葬式の相談の電話を受ける。3分くらい相談を受けた後に正式な依頼になった。急いで、担当者へメールする。

午後は新人アルバイトの研修。
この日は、ほかの女性社員の人たちによる、挨拶の仕方と服装と容姿の講習会。それが終わると、昨日散々だった、僕が担当の亡くなった人を棺に納める際の身支度の練習と棺に納める練習を、協力してくれる男性社員を仏様役にしてもう一度行なった。事前に、アルバイトたちに「当日は必ずヒールのない靴を履いてくるように」と念押ししたことが良かったのか、今度はどうにかうまくいった。

01/22/08(2008年1月22日)
この日は夜勤。
朝。
パートナーの自動小銃のようにけたたましいぼやきと強くドアを閉める音を聴いて、目を覚ます。布団から出て、部屋を出ると、パートナーは既に出勤していて、家の中にはいない。窓は結露で何も観えないために窓を開けてみると、ベランダのあちこちに雪が降り積もっているのが観えた。テレビの天気予報では、(東京)23区に大雪警報が出ている。嫌な予感がビンビンする・・・。

夜。
夜勤のために出勤して早々、その予感は的中した。
僕は、ほかの夜勤の社員たちと一緒に、駐車場の雪かきと職場と職場の中にある自社ホールの歩行者が歩く場所の雪かきと融雪剤撒きを上司から命じられた。明日から明後日の間に、絶対筋肉痛になっているに違いないし、仮眠が本気寝になってしまいそうで怖い・・・。

01/23/08(2008年1月23日)
この日は夜勤。
雪は朝までに止み、駅前や街の除雪も大分進んでいた。
が、出勤途中にバスの車窓から微かに見えた風景に僕の気持ちは落ち込んだ。僕の勤務地の周辺は*3ブラックアイスバーンだらけだった・・・。
電話番をしている合間に、ほかの社員が会社のパソコンのDVDドライブを使って、アニメのDVDを観ているらしく、曲とか台詞が漏れ聞こえる。

01/24/08(2008年1月24日)
この日は休み。
昨日の夜勤中に聞こえていたアニメの曲のことが気になってしまい、ネットで検索しまくって見つけ出し、近くのレンタルショップで借りてきて、パソコンと音楽プレーヤーへ*4落とす。
ほかにも借りてきた*5MASTERキートン』と*6新世紀エヴァンゲリオン』のDVDを観ていたはずが、いつの間にか寝ていて、勤めから帰ってきたパートナーに起こされる。

01/25/08(2008年1月25日)

2008年1月25日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は日勤。パートナーと朝食を取る。
仕事開始の10分前に、上司から何か書類のようなものを渡された。観ると、(今月)28日から2週間限定で、(東京都)八王子にある、僕のいる会社の系列仏具店への出向を命じられた。こっちにも、*7あの日のとばっちりが来たようだ・・・。明日に催される八王子市にある自社ホールの1つで、通夜会場の祭壇の構成の書類作成。今回の葬儀では、ご遺族が*8「白木祭壇」と「生花祭壇」を1つにしたようなものを希望されているという。僕は、会場の白木祭壇の構成を任されていた。
この白木祭壇は、毎回高さや規模が変動するのと、お花やお供えなどの飾り付け方で社員(または職人)の腕が露骨に出ると言われているので、この祭壇の時は毎回頭が痛くなる。昼までに僕なりの構成案をメールした。
昼食から戻ると、オフィスの手前で生花部の責任者に遭遇して、そのまま本社の敷地内にある祭壇の工房へ強制連行される。すると責任者は、さっき送信したメールをプリントしたものを持ってきて、僕の前に広げる。そして、*9「フラワー装飾技能士2級」と*10「フラワーデザイナー資格2級」を持つというある社員と共に、「いま製作している生花と一緒にしたら、*11○○さんが考えた祭壇では違和感の固まりになってしまう」とダメ出しされてしまい、その場で祭壇の構成の練り直しを迫られた。

夜。
パートナーから「立川で、あの会社を使っているところがあるとは・・・。同情する」と言われる。パートナーは証券会社勤めの人だから、ネットやテレビのニュースよりも先に、あの人材派遣会社のことを知っていたようだ。
僕はパートナーに、28日から出向で八王子へ行くことになったと伝えると、「ここから八王子は遠いでしょ。」とパートナーに言われる。八王子って、立川から3駅先なんだけど・・・。
あの人は、東京都の地下鉄は問題なく乗れるが、昔から東京都のJRと私鉄はあまり得意ではない。そのせいか、パートナーの携帯電話の「ブックマーク」には、JRと私鉄のホームページや乗換案内サービスが複数入っている。

01/26/08(2008年1月26日)
この日は日勤。パートナーと朝食を取る。
この日は、八王子市にある自社ホールの1つで、通夜会場の設営の手伝いや受付業務。会場設営中。花粉アレルギー持ちのアルバイトの一人が、クシャミが止まらなくて制御不能になっていることが気になってしまい、その人に通夜の受付の手伝いをしてもらえないと頼んでみる。受付の方が生花たっぷりの祭壇から少しは離れることが出来ると思う。
しかし、彼はまだ礼服を持っていなかったため、僕がこのホールの管理者に頼んで置かせてもらっている、替えの*12略礼服を貸した。

01/27/08(2008年1月27日)
この日は休み。
中央図書館の一角にある視聴覚室で、前にパートナーと新宿の映画館で観た*13紅の豚』と*14『パプリカ』のDVDを鑑賞する。その後、大きいサイズの本の棚へ移動して、*15篠山紀信の写真集や様々な写真集を観て帰った。
明日から、八王子へ行く。しばらく夜勤から解放されるが、久しぶりの“通勤の混沌”という人混みに揉まれる日々が待っている。何とも言えない*16“等価交換”だ・・・。

→つづく・・・。


参考資料
公益社団法人日本フラワーデザイナー協会
http://www.nfd.or.jp/

*1:今回公開したものと、これから公開するテキストの内容を観た限りになるが、この当時に彼がいた会社が契約していた人材派遣会社は、2000年代当時の人材派遣業大手「グッドウィル」のようだ。この時グッドウィルは、違法な方法で港湾運送業務への派遣事業を行っていたとして、厚生労働省から2008年1月18日から2ヶ月間の事業停止命令を受けていた。

*2:日本の最も一般的な棺の大きさである、6.25尺(約190cm)を指す葬祭業界用語。

*3:アスファルトの表面が氷に覆われた状態のこと。雨などで路面が濡れていて気温が非常に低いという条件下で発生するため、降雪地域ではない場所でも注意が必要で、特に夜間は見分けが困難になるという。

*4:ここでは、コンピューターを使って、本体に記憶されているデータなどを別のハードやメディアなどに移す事のほう。

*5:1990年代のテレビアニメの1つ。原作は、勝鹿北星長崎尚志脚本、画・浦沢直樹による1980年代の人気漫画で、考古学者になることを夢見ながらも、保険会社の調査員をしている日本とイギリスにルーツのある男の話。

*6:1990年代のテレビアニメの1つで、『ふしぎの海のナディア』『彼氏彼女の事情』『フリクリ』などのアニメ作品を製作したアニメ製作会社のかつての代表作。国内外で知らない人がいないくらいの大人気作品。大人の事情に引っ掛かるので、詳しくは各自で検索していただきたい。

*7:01/18/08(2008年1月18日)を参照。

*8:「しらきさいだん」と読む。平成時代までの葬儀でよく使われていた、白木を組み立てて出来た祭壇。

*9:1983年からある、厚生省(現・厚生労働省)認定のフラワーデザイン関連の国家資格。2年以上お花屋さんでの実務経験があれば受けることができ、1級から3級まであるという。

*10:1967年からある、公益社団法人日本フラワーデザイナー協会が認定する公的資格。日本フラワーデザイナー協会公認の学校か教育機関に通って単位を取得するか、公認講師から単位の認定を受けないともらえない。1級から3級まであるという。

*11:彼の本名が書かれていたため、諸事情で伏せさせていただいた。

*12:主に、日本の男性が「平服で」と指定された結婚式や葬儀に参加するときに着るものの事。決して、黒っぽい色味のスーツの事ではない。

*13:1992年に劇場公開された、宮崎駿が1990年にある専門誌に連載していた漫画作品を基にした、豚が主人公の長編アニメーション映画。監督も宮崎駿

*14:2006年に劇場公開された、筒井康隆による長編SF小説が原作のアニメーション映画。監督は今敏

*15:「しのやまきしん」と読む。1960年代から活躍している、日本の大御所写真家の一人。レコードジャケット・ヌード・歌舞伎などと幅広いジャンルの写真を撮っている。

*16:使い方から見て、恐らくパチンコ・パチスロ用語の「(景品の)等価交換」ではない。2003年から2004年に放送されたテレビアニメ『鋼の錬金術師』で出てくるほうの「等価交換」という用語を、彼なりの解釈で使ったのではないかと思われる。

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