洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第10話

第10話:あるコント、“沈黙の食卓”、生きているってなんだろう?、福生での休日

青年期と壮年期を経てきた人間にとって、老年期は大変な時期である。その大変さは、戦士的暴力的気風を持った武士が自分の土地を取り上げられた上に官僚的幕藩体制の中に組み込まれて生きることの大変さと似てはいないだろうか。
青年期と壮年期の生活習慣では仕事も人付き合いも通用しない上に、心身の老化、病気、そして絶対確実な詩の到来など、どれも向こうから着実に襲ってくるのである。特に「病気・老化・死」という一連の体制はどうしようもなく、老人は否応にも無くその中に組み込まれて、最終的にはどうしようもないのである。

出典元:『自死という生き方 覚悟して逝った哲学者』須原一秀・著。2008年。双葉社。「新葉隠 死の積極的受容と消極的受容 6章 武士道と老人道」p.161

これは、彼が亡くなる1年くらい前に読んでいた本からの一節である。
私もこの本を読んでみて、私の琴線に少しでも触れた一節を不定期に載せてみようと思う。
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彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200803」より。
ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。

03/24/08(2008年3月24日)
この日は休み。この日が休みのパートナーと朝食を取る。朝から冷たい雨が降っている。午前はデスクワークをし、午後は午前中に自社ホールであった葬儀会場の撤収作業の手伝いをして、この日の勤務は終わった。

03/25/08(2008年3月25日)

2008年3月25日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は日勤。朝から晴れている。
パートナーと朝食を取るが、花粉症持ちのパートナーの機嫌が悪い。花粉症の薬を飲んでいるんじゃないのか?
この日はデスクワークだけで終わった。

夜。
僕とパートナーはテレビのコント番組を観て笑っていたが、花粉症のコントだったせいか、パートナーに不穏な空気が出始めた。それに気づいた僕は、コントを見続けるのをやめて、すぐにチャンネルを替えた。

03/26/08(2008年3月26日)
この日は夜勤。
僕は夜勤のために寝ていたために、パートナーと会っていない。
いや、今日は会わないで良かったのかもしれない。
11時30分のニュースの中の天気予報で、朝から晴れていて、午後に気温が20℃になると言っていた。今頃、花粉症持ちのパートナーの機嫌がすごく悪くなっているに違いない。もし今日が、日勤か休みだったら、重苦しい空気の“沈黙の食卓”の中での朝食になっていた気がする・・・。

03/27/08(2008年3月27日)
今日は休み。朝から晴れている。
しかし、花粉症持ちのパートナーの機嫌は悪い。
案の定、重苦しい空気の“沈黙の食卓”の中での朝食になった。

憂さ晴らしに、*1公証役場の近くにある、行ったことが無いパチンコホールへ行って、エヴァのパチンコを打つが、*21・3・5が止まらなくて、少しの間、現実逃避をする。山積みのドル箱の気配を背中に感じると、時計は夜6時過ぎになっていた。
どうにか、パートナーに怒られない内に帰れそうだ・・・。

03/28/08(2008年3月28日)
この日は日勤。朝から晴れている。
“沈黙の食卓”の中でパートナーと朝食を取る。またパートナーの機嫌が悪い。

朝から、デスクワーク中。昼休憩中に携帯電話のワンセグで観たニュースで、来月から*3後期高齢者医療制度」がスタートするというのが報じられていた。そういえば、朝に配られたプリントでも「4月からは、高齢のお客様に“お爺さん・お婆さん”という呼称は絶対使わないように」と言う注意喚起が書いてあった気がする。
さぁ、どうしよう・・・。

03/29/08(2008年3月29日)
この日は日勤。朝から晴れている。
この日が休みのパートナーと朝食を取るが、相変わらず機嫌が悪い。
午後4時過ぎ。
「ネットで会社のページを見て電話した」という若い女性から、電話で葬儀費用の相談の電話を受ける。3分くらい相談を受けた後に「検討させていただきます。」と電話終了。これ以降、この女性からの電話は来なかった。

03/30/08(2008年3月30日)
この日は日勤。外(の気温)が10℃で天気が悪い。
“沈黙の食卓”の中でパートナーと朝食を取っているが、この日の天気が悪いせいなのか、パートナーの機嫌が良いように見えた。

朝11時過ぎ。
「ネットで会社のページを見て電話した」という若い女性から、電話で葬儀費用の相談の電話を受ける。3分くらい相談を受けた後に「検討させていただきます。」と電話終了。これ以降、この女性からの電話は来なかった。

03/31/08(2008年3月31日)

2008年3月31日の彼

©2020-2021 Ryoichi Satomiya

この日は夜勤。この日も外(の気温)が10℃で、朝から雨が降っている。

午前中。
2001年の3月に、パートナーと出かけた*4日本アンデパンダン展』の中にあった、グリム童話の『寿命』という話を題材にした作品があったことを思い出していた。
この『寿命』というのは、神様が世界を創り終わった時、全ての動物たちに30年の寿命を与えようとしたが、ロバと犬と猿が「長すぎる」と神様に文句を言った結果、ロバは18年、犬は12年、猿は10年の寿命にしてもらった。ところが、人間は「自分の家を建て、田畑に実りをもたらし、かまどの火が燃え盛って、これから暮らしを楽しもうという時に、なぜ死ななければならないのか?」と神様に嘆いて、人間の30年の寿命に、ロバの18年と犬の12年と猿の10年を加え、70年の寿命を受け取った。そして人間は、最初の30年は人間の寿命を元気に生き、仕事にも喜びを見出していた。ところがその後は、へこたれながら重い荷を背負う18年、走る元気のなくなった12年、そして間の抜けた10年を過ごすことになった・・・という話。
その作品とは、この童話を題材にした体験型展示。この作品は、グリム童話の中に「寿命」の話の中で、人間が神様から受け取った寿命を自分の素足で体感するというものだった。しかし、この日は展示と実演動画だけだったのを覚えている。この作品を観たのがきっかけに、何かと「生きているって、なんだろう?」と悩むようになってしまった。
1990年代後半からの自分の周囲の人々や風景や日常の様々な変化、自分が大好きな坂本キョージュの物事の考え方や曲のスタイル等に対して違和感が出てきたこと、自分の肉体が日々衰えていくこと・・・と、1990年代の前半までには無かった様々な違和感を覚え、それらを咀嚼することが出来ないまま、ただ時間を過ごしている。
これ以上、僕はこの世界にいつづけて良いのだろうか?「年老いることは、怖いものが何も無くなることだ」と言う人もいるけれど、僕は自分の居場所がどんどん狭まっていくという感覚に襲われている。


彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200804」より。
ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。

04/01/08(2008年4月1日)
この日は夜勤。外は朝から晴れていて、蒸し暑い・・・。
午後に家で観たテレビの情報番組やネットが、「エイプリルフール」モードになっているが、相変わらず馴染めない・・・。

夜。
若い社員たちが、会社のパソコンで、欧米や日本の一部企が公開しているエイプリルフールねたを探して盛り上がっている。そういう事は家のパソコンでやってほしい・・・。

04/02/08(2008年4月2日)

2008年4月2日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は休み。昨日と比べて曇ってはいるが、少し暑い・・・。
パートナーは相変わらず花粉症で機嫌が悪かったらしく、玄関のドアを閉める音に怨念のようなものを感じ、一度目覚める。

昼に(東京都の)*5福生へ出かける。
福生駅)東口に行くと、前に来た時はプレハブ小屋みたいだったのに、しばらく来なかった間に西友の建物が大きく変わっていて、少し後ずさる。1階のドーナツ屋の壁には英語で「軍人はドーナツ1個無料」みたいなことが書いてあった。
昼食に駅前にあるハンバーガーショップに入ると、この地域の特性なのか、レジには大勢の迷彩服姿の軍人が並んでいた。コーラとダブルチーズバーガーのセットを食べた。
いつものように、(福生駅)西口へは駅舎の階段を昇って行こうとも思ったが、腰が痛むので、少し遠回りになるが、踏切を渡って、西口にある、行きつけのイマドキでは少なくなっている、*6木の板の床で古めかしい(今どきの人は、こういうのを“レトロ”って言うのだろうか?)内装のパチンコホールがある区域へ打ちに行く。2軒ほど回ったが、結果はどちらもイマイチだった。でも、僕の近所にはこういう内装のところが減っているので、なぜか癒された・・・。

夜。
パートナーと観ていたニュース番組の中で、*7ペンギンが空を飛べるようになったというイギリスの映像が流れていた。ペンギンが翼をバタバタ動かして、南国へ向かって飛んでいる。なんだか、前にレンタルビデオで観た、*8寒がりペンギンの事を思い出した・・・。

04/03/08(2008年4月3日)
今日は日勤。今日は晴れていて、蒸し暑い・・・。
“沈黙の食卓”の中でパートナーと朝食。花粉症持ちのパートナーの機嫌は悪い。
この日は、デスクワークだけで日勤は終わった。

04/04/08(2008年4月4日)
今日は日勤。今日も外は晴れていて暑い・・・。
花粉症持ちのパートナーの機嫌は悪い。“沈黙の食卓”の中での朝食は、まだ続くようだ・・・。
午前はデスクワークをし、午後は明日の葬儀についての会議で、この日の勤務は終わった。

04/05/08(2008年4月5日)
この日は日勤。今日の外は、昨日よりも暑くて、気温19℃になるという。
この日が休みのパートナーと朝食を取るが、相変わらず花粉症で機嫌が悪い。

通勤中のバスの中の乗客の間から、僅かに満開の桜の花が観えた。
バスから降りると、足元には桜の花びらが道路の色が変わるくらい落ちていた。
だが、今日は会社の中のホールでの仕事があるので、今の僕には桜見物をする余裕はない。

→つづく・・・。


参考資料
グリム童話 グリム兄弟のすべてのおとぎ話『寿命』
https://www.grimmstories.com/ja/grimm_dowa/jumyo
思い出のホール~懐かしのパチンコ屋さん
https://omoidehall.com/index.html

*1:このパチンコホールは、2018年12月16日に閉店した。

*2:エヴァンゲリオン』のパチンコの「チャンス目(※パチンコ用語の1つ。ある特定の数字や図柄が止まると、確率変動突入か大当たりになる演出のようなもの。)」の数字は、1・3・5だった。この数字が止まると、「暴走モード」という、大当たりを引くまで終わらない確率変動に突入した。ものの数分で終わることもあれば、手と体に不都合が出そうなくらいの長時間になることもあったらしい・・・。このチャンス目は、現在もパチンコホールで稼働している『エヴァンゲリオン』のパチンコにも受け継がれているという。

*3:2008年4月にスタートした、高齢者の医療の確保に関する法律を根拠法とする日本の医療保険制度のこと。人によっては「長寿医療制度」と呼ぶ人もいたという。

*4:1949年から、「日本美術会」という団体が、年1回開催している無審査の美術展。プロ・アマ・年齢・性別を問わずに、事前に手続きと出品料を払えば、誰でも作品を展示することが出来た。1949年から2006年までは東京・上野にある東京都美術館で開催していたが、2007年からは六本木にある国立新美術館で開催しているという。

*5:「ふっさ」と読む。東京都の西にある地域の1つ。「横田基地」と呼称されるアメリカ空軍の施設がある地域でもある。

*6:かつての福生駅西口周辺には、「タンポポ」・「西川ホール」・「立川ホール」という老舗のパチンコホールがあって、これらの共通点は、“木の板の床で古めかしい内装”だった。2009年と2018年9月に現地へ行ってリサーチしたところ、「西川ホール」と「立川ホール」は2010年代中に閉店していた。「西川ホール」は閉店した後に解体されて、コインパーキングに変わった。「立川ホール」は看板が無くなっているが、建物自体は今でも残っているという。2018年当時の段階で、パチンコホールとして営業していたのは「タンポポ」だけだった。しかし、その「タンポポ」も諸事情で2020年2月末に閉店したため、福生駅西口周辺のパチンコホールは絶滅した。

*7:イギリス時間の2008年4月1日に、イギリス国営放送BBCが公開したエイプリルフール映像のことではないかと思われる。内容は、南極の長く厳しい冬の環境に適応するため、アデリーペンギンの一部が空を飛べるようになった・・・というもの。この映像は現在、イギリス国営放送BBCの動画チャンネルで視聴可能である。

*8:1940年代から1950年代の長編アニメ作品『The Three Caballeros(邦題「三人の騎士」)』の中に出てくる短編アニメの事ではないかと思われる。