洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧ペンネーム・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第13話

第13話:ある亡くなった人とその葬儀

 彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200802」より。ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。

04/16/08(2008年4月16日)
この日は日勤。パートナーと朝食を取る。
朝から曇っていて、暑い。

正午過ぎ。
(東京都)立川市の病院に31歳の男性をお迎えに行く。そのまま会社のほうへ運ぶと、とりあえず男性のほうを安置室へ移動させる。そして、同乗していた奥さんと葬儀の事で話し合いと見積もり。
この亡くなった人は元・総合格闘家で、最近引退して、生まれ故郷の立川市総合格闘技道場を作ったが、オープンして3ヶ月経った今日の朝に、突然、道場の中で胸を押さえて倒れてしまったという。
しかし、運悪く心臓に関する応急処置を知らない人ばかりだったのと、この道場の周囲に*1AEDが無かったということもあってか、病院へ救急搬送されるも、そのまま死亡確認になってしまったのだという・・・。
話し合いや火葬の手続きの都合の末、この人の葬儀は「19日」に火葬式で行うことになった。

04/17/08(2008年4月17日)
今日は日勤。パートナーと朝食をとる。
朝から曇っていて、蒸し暑い・・・。
デスクワーク中に「ネットで会社のページを見て電話した」という若い女性から、携帯電話で葬儀費用の相談の電話を受ける。3分くらい相談を受けた後に正式な依頼になった。急いで、担当者へメールする。
このところ、火葬式の依頼が多いような気がする・・・。

04/18/08(2008年4月18日)
今日は日勤。パートナーと朝食をとる。
朝から雨が降っている。
デスクワークの合間に、明日僕が担当する葬儀についての会議があった。会議は、昼過ぎまで続いた。

04/19/08(2008年4月19日)
この日は日勤。出勤前から、空は曇っている。
この日が休みのパートナーと朝食をとる。
テレビの天気予報が午後から雨が降ると言っていた。

2008年4月19日の彼・その1

©2021 Ryoichi Satomiya

今日は、(立川)市内の火葬場での*2火葬式。
午前10時過ぎに火葬場へ行くと、既に*3会社の若い人たちとアルバイトが先に火葬場に来ていて、今日の葬儀の準備と参列者の待合室の清掃をしていた。今回の火葬場は、ほぼ年中無休で*4「友引は休み」というところではない。そのせいか、火葬場の中のあちこちに、火葬をする遺族と参列者や葬儀を手伝う同業他社の姿が複数いる・・・。
僕はほかの社員と、火葬場の職員と午後の*5火葬炉の利用スケジュールの最終確認をし、事前に預かっていた、31歳の男性の*6「火葬許可証」を火葬場の職員に渡す。
僕らが担当する葬儀は午後に行われるため、僕と会社の若い人たちは火葬場から少し離れたコンビニへ車で移動し、早い昼食と休憩を取ることにした。

午後。
昼過ぎから雨が降ってきた。
13時前に僕と会社の若い人たちが火葬場へ戻ると、会社の車と男性を収めた棺を積んだ会社の霊柩車が、火葬場の駐車場で待っている。
再び会社の若い人たちとアルバイトが参列者の待合室の清掃をしているが、何だか空気が悪い。彼らの私語に聞き耳を立てると、なんでも、僕らの前に使っていた火葬式の参列者の一人が体調を崩して血を吐いたらしく、清掃のほかに待合室の消毒作業もしなくてはならなくなったという。みんな苛立っていて、待合室に入ることに勇気がいる・・・。
葬儀の開始時間20分前までにどうにか待合室の清掃と消毒作業を済ませた彼らは、気だるそうに駐車場へ向かって行ったのを、書類確認をしながら目で追った。

火葬場の中にある祭壇へ棺を運んで安置すると、棺の蓋を開ける。僕と若い人たちは、*7遺影の有無の確認と亡くなった人の情報の最終確認と、棺の中に*8添える花と会社のサービスで提供する副葬物の用意などを終わらせる。

13時30分過ぎ。

2008年4月19日の彼・その2

©2021 Ryoichi Satomiya

今回の葬儀を依頼した遺族と参列者を出迎えて、事情を説明して、待合室の換気が終わるまで、遺族と参列者にロビーで待機してもらう。
若い人の一人が僕のところに来て、換気が完了したことを聴くと、僕と若い人たちで遺族と参列者を待合室へ案内する。
僕は火葬炉の利用順番待ちをしながら、遺族から葬儀費用を受け取ったり、*9「納棺の儀」の副葬品の相談を参列者から受けたりした(この時の相談で、亡くなった人の遺品である、*10革ジャンと*11携帯ゲーム機と*12野球のバットのような物と*13バナナの納棺を阻止することが出来た。)。


14時過ぎ。
やっと、こちらが火葬炉を利用できる時間になったため、遺族と参列者を棺のある祭壇へ案内する。一人ずつご焼香。「納棺の儀」の時間になって、遺族と参列者が花や手紙などを納めている。途中、*14袋入りのプロテインを入れようとしている人がいたのを止めた。
今回の人は無宗教だったので、必要最低限として、*15火葬用の杖を亡くなった人の利き手に添えてもらうように遺族の一人に頼む。
「納棺の儀」が大体終わったのを確認すると、遺族と参列者に一緒に、棺の蓋を締める。少しして火葬場の職員が来ると、棺を専用の機器に載せて、火葬炉へと運んでいく。僕と若い人たちは、遺族と参列者と一緒に合掌して棺を見送ると、再び遺族と参列者を待合室へ連れて行った。

火葬中。
待合室のドアの隙間から、参列者をもてなしている遺族の姿が見える。会社の若い人たちには遺骨を入れる骨壺などの用意をしてもらっているが、僕は待合室の外で火葬が終わるのを待っている。毎回思うが、火葬場の待合室の外の廊下で*161時間半から2時間は長い・・・。
1時間半くらい経った頃。
火葬場の職員から「終わりましたので、そろそろお願いします」と声を掛けられる。僕は待合室へ入ると、遺族と参列者を呼ぶ。
若い人たちに参列者の「収骨室」への案内を任せ、僕は遺族の人のところへ行って、火葬炉のある場所に連れて行く。そして、*17火葬炉から出てきた熱気を帯びた遺骨になった男性と遺族を対面させる。
近年は指導の行き届いている火夫さんが増えたというのもあるか、形が残っている遺骨が複数あるので、遺族も火葬場の職員も*18「骨上げ」のし甲斐があるだろう・・・。

2008年4月19日の彼・その3

©2021 Ryoichi Satomiya

そういえば、若い頃にある火葬場で、骨の形がまったく残らず、まるで*19消石灰か砂のようなものと化した遺骨を一度見たことがある。
そのような場合、遺族と参列者は「骨上げ」の真似事をし、それが終わったら、火葬場の職員と火夫さんが、専用のホウキとチリトリを使い、複数回掃き集めて骨壺に入れていた。この光景は今でも覚えている・・・。

2008年4月19日の彼・その4

©2021 Ryoichi Satomiya

参列者を*20「収骨室」に集合させると、火葬場の職員の人と先に来ていた遺族が、遺骨が載ったワゴンと一緒に「収骨室」へ入場する。
「骨上げ」の前に、火葬場の職員による遺骨の部位紹介が始まった。この光景は、火葬場で手伝いをしているとよく見かける。不謹慎かもしれないが、僕はこの「骨上げ」前の遺骨の部位紹介を観ていると、どうしても、*21とあるフライドチキンの事が頭に浮かんでしまう・・・。
だが、いずれ自分も、火葬場の職員か火夫さんに“部位紹介をされる側になる日”が来るのだ・・・。


「骨上げ」が済むと、火葬場の職員が遺族に*22「埋葬許可証」の説明をし、蓋を閉めた骨壺と一緒に*23骨箱の中に詰め込む。僕がそれを確認すると、若い人が*24骨箱の覆いなどをつけて、遺族の代表者に渡す。*25「命が消えるそのときに、人は21gだけ軽くなる」と誰かが言っていたが、例え魂が抜けているとしても、遺骨の入った骨壺自体の重さに変化は無い・・・。

タクシー乗り場と駐車場から離れる遺族と参列者をお見送りすると、僕らの仕事は大分終わりに近づく。
片付けと忘れ物チェックなどが終わった頃には、外は夕方になっていた。

→つづく・・・。


参考資料
Yahoo!しごとカタログ「火葬技師(火夫)の仕事に就くいてから」
https://jobcatalog.yahoo.co.jp/qa/list/1082548725/
心に残る家族葬「【人の魂は21g】人が死ぬと魂の分だけ体重が軽くなる?死が与える影響とは」
https://www.sougiya.biz/kiji_detail.php?cid=980

 

*1:日本で「除細動器」とも呼ばれる、不整脈の治療に使われる装置のこと。突然の事で動き方がバラバラになった心臓に、直流の高圧電流を流すことによって、心臓全体を同時に収縮させて、すべての心室(※心臓の内部の筋肉性の壁に囲まれているポンプかタンクのような部分のこと。)の動きの足並みを整えさせるのだという。近年では、パチンコホールや体育館などのスポーツをする人や中高年が多く来る施設にも設置されている。地域によっては義務教育の一環で、小・中学生にAEDの操作方法を教えることがある。

*2:いわゆる「直葬」の別称。葬儀社や専門業者によっては、直葬のことをこう呼ぶところがある。病院や施設などの逝去先から、事前に手続きを済ませた遺体を火葬場へ直接搬送し、通夜・告別式を行わず、お別れの儀式と火葬だけの葬式。

*3:これは文面を観た限りでの推測になるが、彼にとって面識のない若手社員やアルバイトの人なのだろうと思われる。

*4:日本には、「友引の日に葬儀をすると、死をおびき寄せる」という六曜陰陽道の言い伝えに従って、「友引の日は、葬祭場や火葬場は休業日」という葬儀ホール・斎場・火葬場ところが多い。だが近年は、地域によって「火葬場だけは年中無休」というところもあるという。

*5:文字通り、火葬専用の焼却炉。

*6:亡くなった人(遺体)を火葬するために必要な書類。ただ、この書類をもらうための手続きは色々と面倒な工程があるため、葬儀社によっては遺族の代わりに手続きを代行することがあるという。

*7:近年は、遺影に使えそうな写真がないという理由だけではなく、葬儀の予算や経済的な都合などで、あえて遺影を用意しないケースもあるという。

*8:「別れ花」とも呼ばれる。火葬すると、亡くなった人があの世への旅の最中に飲む物に変身すると言われているため、トゲや毒を持っている花・色の濃い花・ドライフラワーは納棺してはいけないことになっている。使う花の種類は亡くなった人の葬儀の宗教形式や趣味趣向によって異なるという。

*9:主に、亡くなった人の思い出の詰まった物や、残された家族や友人が思いを込めて亡くなった人に持たせたい物などを棺に納める儀式のこと。ただし、火葬場のある地域のゴミ規則や火葬炉の性能の都合で、棺に納めることが出来る物は限られているという。

*10:革製品や合皮は火がつきにくく、燃焼しきれず残ったり、溶けて遺骨自体を汚してしまうことがあるため、日本の多くの火葬場では納棺が禁じられている。

*11:この火葬場のある地域のゴミの規則で、可燃ゴミで出してはいけない物になっていたため、断ったと思われる。

*12:これも、この火葬場のある地域のゴミの規則で、可燃ゴミで出してはいけない物になっていたと思われる。

*13:火葬炉の燃焼の妨げになるという理由で、野菜や果物を棺に入れてはいけない火葬場は結構多いという。ちなみに2010年代のある邦画で、ある身寄りのない男性の火葬シーンで、男性の好物が銀杏であったということから、男性の知り合いたちが「あの世でも困らないように」という思いで、火葬直前の男性の棺の中に大量の生の銀杏を入れるというのがあった(※火葬場の人の迷惑になるので、決してマネをしてはいけない!)が、現実ではありえないようである・・・。

*14:たぶん、プラスチック製の袋に入っていた物だったから、止めたのではないかと思われる。

*15:亡くなった人が中年以上だった場合、「納棺の儀」の際に花などと一緒に納められる杖のような形をした木片のこと。火葬すると、亡くなった人があの世への旅で使う杖に変身すると言われている。

*16:火葬の時間は、火葬炉の火力や亡くなった人の年齢や体格などによって異なるという。例えば、中肉中背の成人だった場合は1時間半くらいで終わるらしい。

*17:先に遺族を火葬された亡くなった人がいる火葬炉へ案内するかどうかは、葬儀社側のマニュアルや火葬場の間取りなどによるらしい。

*18:「こつあげ」と読む。遺族と参列者によって、専用の箸を使って火葬された遺骨を骨壺へ納める儀式のこと。なお、骨壺に入れる遺骨の部位は、火葬した地方や地域によって多少異なる。

*19:どうでもいいことかもしれないが、日本の火葬技師(または「火夫」)の世界では、焼きあがった遺骨が灰か粉のようになっていた場合は「焼き過ぎ」と判断される。焼き過ぎをやらかした火葬技師には、「訓告以上の処分」を課せられる可能性があるという。

*20:遺骨を骨壺へ納めるための部屋。この部屋の有無は火葬場によって異なる。

*21:実際の彼のテキストファイル上では、頭に有名フライドチキンチェーンKの名前が書かれていたため、諸事情で自主規制させていただいた。

*22:葬儀を済ませた遺骨を、霊園や神社仏閣にあるお墓へ入れる時に必要な書類。

*23:文字通り、骨壺を納める箱のこと。

*24:骨箱のカバーのような物。サービスかオプション扱いなのかは、葬儀社によって異なる。中には葬儀費用節約のため、葬儀終了後に、骨箱の覆いだけをネット通販で購入する人もいるらしい。

*25:2004年に日本でも劇場公開された、アメリカ映画『21g(グラム)』のキャッチコピーの日本語訳。

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