洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧ペンネーム・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第17話

第17話:冷戦は終わったか?、“彼”が倒れた件

 彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200806」より。ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。

06/01/08(2008年6月1日)

2008年6月1日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は夜勤。
朝から晴れているせいで、外も家も暑い・・・。

勤務開始前。
僕のデスクに、定期検診の結果が置いてあった。
体重と血液検査の*1 GOTとGPTの欄には、毎度のように「注意」というのが書かれているが、血糖値の欄には「175*2mg/dl・異常」と書かれていて、「要再検査」というのがついている。これは初めて見たような気がする。確か、去年は「90mg/dl・正常」だったのに・・・。

23時過ぎ。
「ネットでうちの会社のページを見て電話した」という若い女性から「(東京都)○○町で自殺した友達の葬儀を頼みたい」という電話を受ける。
しかし、この女性からの話を詳しく聴いた僕は、その人に*3すぐに急いで119番にかけるように言い聞かせて、一度電話を切った。この手の電話は、なぜか夜勤の時に来る・・・。

それから2時間後。
さっきの女性から自殺した友達が一命を取り留めたという電話が来た。

この夜の電話は、この1件を含めて20件。メールのチェックと仮眠で、この日の夜勤は終わった。

06/02/08(2008年6月2日)
この日は夜勤。
朝から曇っている。

18時ごろ。
夜勤へ行く準備中に、雨が降っていることに気付く。

夜勤中。
21時過ぎに1件の電話が来る。出てみると、何か聞き覚えのある声だった。電話の主は、なんと昨夜に自殺した友達の事で電話してきたあの女性だった。昨日、一命を取り留めた友達が容態急変して、今日の20時過ぎに亡くなったとのこと。
亡くなった友達の親が放心状態になっているために代わりにかけたという。亡くなった友達の人も、この電話を掛けてきた人も、16歳の女性だったのでなんか切ない・・・。
だが、会社の規則の都合もあるので、どうしても亡くなった友達の親に電話を替わってもらうことは出来ないかと頼み込んだ・・・。

06/03/08(2008年6月3日)
この日は休み。
昨日からの雨は、途中で冷たい雨に換わって降り続いていた。
夜勤から雨の中を歩いて帰宅すると、とりあえず熱めのシャワーを浴びた。

シャワーの後、ついうたた寝してしまったらしく、目覚めると、テレビに映る時計は14時過ぎていた。空腹を紛らわすために、冷蔵庫の中にある*4マックスコーヒーを飲んだ。

06/04/08(2008年6月4日)
この日は休み。朝から曇っている。
無言の中でパートナーと食事をとる。しかし、朝の沈黙の食卓は相変わらずだし、6月になってからは、二人で夕食をとれていない。バラバラになっている・・・。

午後。
気晴らしに、近所にある神社へ行ったり、ファーレ立川の側にあるコンビニでソフトクリームを1つ買うと、ファーレの中にある、アート作品や*5草だらけになっている立川基地の残骸の一部を眺めていた。

06/05/08(2008年6月5日)
この日は日勤。朝から雨が降っている。
パートナーとの朝の沈黙の食卓が始まって、どれくらい経っただろう・・・。

この日は、自社ホールで行われた、ある俳優の告別式の手伝い役のピンチヒッターをやった。キリスト教式の葬儀に関わったのは何年振りだったろう。百合の花を観たのは、どれくらいぶりだろう・・・。

06/06/08(2008年6月6日)
この日は日勤。
朝から晴れている上に、外も家の中も凄く暑い・・・。
こういう時に限って、角部屋や最上階にある部屋に住まなくて良かったと思ってしまう・・・。
パートナーとは、相変わらず沈黙を守り続けている・・・。

勤務中。
オフィスのエアコンは省エネモードなので、僕にはキツい・・・。
「誰か、サーキュレーターをつけませんかとか言ってくれ」と、念のような物をオフィス中に飛ばしてみたが、オフィスにいる多くの女性社員たちは、カーディガンを羽織って、血行に悪影響が出そうなくらいにレッグウォーマーを重ね履きしていたので、僕のほうが妥協することにした・・・。
僕が、その場しのぎにクリアファイルのような物をうちわ代わりにしてあおいでいると、オフィスの若い女性社員から嫌な顔をされてしまった。熱いと思うことはいけないのだろうか・・・。

帰宅準備中。
パートナーから「試験に合格した。来週から、営業の別部門へ行く。」というメールが来る。僕は「おめでとう。近いうちに寿司でも行く?」と返信。少しして、パートナーから「*6アラ汁が出ないところがいい」と返事が来た。もういい歳なんだから、そろそろアラ汁も喰えるようになってくれ・・・。
いま思ったが、これを以て、僕らの冷戦が終わったと受け取っても良いのだろうか?

06/07/08(2008年6月7日)
この日は休み。この日が休みのパートナーと食事をとる。
朝から曇っていて、昨日同様に蒸し暑いし、今日はいつもよりも腰が痛い・・・。気休めに、大分前に近くの病院で処方された湿布薬の使い残しをパートナーに頼んで腰に貼ってもらう。前は自分で貼れていたのに、体が硬くなったなと思った・・・。

06/08/08(2008年6月8日)
この日は休み。今日も、朝から曇っていて、蒸し暑い・・・。
この日が休みのパートナーと食事をとる。
今日も腰が痛いので、再び病院で処方された湿布薬の残りを貼る。これで湿布は使い切ったと思う。

昼に近くのパチンコホールへ打ちに行ってみたが、腰の痛みに耐えきれずに10分くらいでホールを出た。
途中薬屋へ寄って、*7フェルビナクというのが入った湿布を1箱買って帰る。

うたた寝から目を覚ますと、夕方になっていた。パートナーの字で「洗濯に行ってくる」という書き置きがあった。
つけっぱなしのテレビは何だか緊張状態になっている。何でも、昼過ぎに*8秋葉原ホコ天にトラックが突っ込んできて、トラックの運転手がナイフで無差別に通行人を次々と刺して歩いていたという・・・。

06/09/08(2008年6月9日)
この日は日勤。今日も、朝から曇っていて蒸し暑い・・・。
パートナーは今日から新しい部署での研修のため、僕より先に出て、始発の東京行きに乗った。
湿布の効きが悪いようで、相変わらず腰は痛い・・・。
オフィスワークと明日の火葬式に関する会議で一日が終わった。
帰宅途中。
パートナーから、「今回の研修も思っていたよりもキツかったため、職場の近くに泊まって通うので、今夜は帰れない。先に休んでください。」というメールが来る。あの頃に見たいに激太りしないといいけれど・・・。

06/10/08(2008年6月10日)
この日は日勤。今日も腰が痛い・・・。
これから、(気温が)27℃になると、天気予報が言っていた。
パートナーは会社の研修のせいで、昨日から家に帰ってきていない。行き倒れていないことを祈る。

この日は、(東京都)八王子市の火葬式の手伝いに行った。
だが、この日は先週の金曜日みたいな暑さだったので、僕に屋外での作業が回って来なくて良かった・・・。

仕事から家に帰る途中。
バス停の中で誰かが*9ワンセグでテレビ番組を観ているのをこっそり覗き見ると、*10水野晴郎の訃報を報じるニュースが映っていた。

06/11/08(2008年6月11日)
この日は日勤。
空は曇っているが、昨日と比べて朝から暑い。
パートナーは今日も帰ってこない・・・。

今日も腰が痛いので、近くの病院へ行こうとは思っているが、この日は外せない会議があるので、病院の受付時間には間に合わなそうだ。
そういえば、検診の再検査の予約をしていないのを今、思い出した・・・。

06/12/08(2008年6月12日)
この日は日勤。
朝から、冷たい雨が降っている。相変わらず腰痛い・・・。
パートナーは今日も帰ってない。パートナーの今の職場は、外資系だからなのか、それとも金融系だからなのかは分からないが、僕がいる会社よりも大変みたいだ・・・。僕だったら、過労死してるだろうな・・・。

この日はオフィスワークだけの一日。途中、検診の再検査の予約を“(6月)17日の11時”で取った。

夜。
家に帰ってくると、パートナーが*11砂嵐が映るテレビの前で死んだように寝ていた・・・。どうも、パートナーが(テレビのリモコンの)受信されていないチャンネルを押しているようだ。

06/13/08(2008年6月13日)
この日は日勤。
空は*12ピーカンで暑い・・・。今日が*1313日の金曜日だからというのも関係あるのだろうか?
パートナーと食事をとるが、パートナーが朝食の後に、珍しく冷蔵庫の中で佇んでいる*14ユ〇ケルを1本出して、一気飲みしていた・・・。

この日もデスクワークをしていたが、午後に、明日、立川の自社ホールの一室で行うある舞台俳優の葬儀で流す楽曲のことで問題が発生したので、喪主と遺族代表者を呼んで緊急会議。喪主である息子さんは、どういうわけかイタリア語しか話さない主義の日本人の方だったので、会議終了後は僕も会社のみんなも激しく疲れた・・・。

06/14/08(2008年6月14日)
この日は日勤。
空は曇っているが、昨日と比べて朝から暑い。
この日が休みのパートナーと食事をとる。ずっと腰は痛い・・・。

午後。
立川市の)自社ホールの一室で、ある舞台俳優の音楽葬が行われた。参列者の中には、*15内田裕也っぽい男性がいることに気付く。この時の僕の心の中では、「何か起こってほしい」というのと「無事に葬儀が終わりますように」という想いが拮抗していたが、葬儀はスムーズに終わった。
帰ったら、パートナーにちょっと自慢してみようと思った。


06/15/08(2008年6月15日)は、諸事情でカットさせていただいた。

06/16/08(2008年6月16日)

2008年6月16日の彼・その1

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は日勤。
空は曇っているが、昨日と比べて朝から暑い。
パートナーと食事をとる。

午前のデスクワーク中。
突然、腰に未体験な激痛が走り、椅子から崩れ落ちた。

2008年6月16日の彼・その2

©2021 Ryoichi Satomiya

気が付くと、見知らぬ天井が目に入った。近くにはTくんと思われる背広男がいた。僕の意識が戻ったのを確認した彼は、僕の側から飛び出していった。

2008年6月16日の彼・その3

©2021 Ryoichi Satomiya

処置のおかげなのか、腰痛は治まっているので病床から起きてみる。職場でかけていたはずの老眼鏡は行方不明になっていて、視界は最悪だ・・・。
現状を知りたい僕は、年老いている裸眼でベッドの囲いのカーテンの隙間から、横切る看護師の服装や医師の名札のデザインを必死で覗き見て、推論を重ねてみた結果、どうやら僕は近所の総合病院に担ぎ込まれたようだ。この数か月、仕事でこの病院には何回もお迎えに来たことがあるので見覚えがある。
人が来る気配を感じると、慌てて病床の布団に足を入れて、横になった。
この後、医師から触診を受けた僕は帰宅を許されずに、このまま検査入院をすることになってしまった・・・。
少しして、*16医療クラークの人が来て、入院についての説明とこっちで用意する物の説明を受ける。その時にチラ見した医療クラークの腕時計は16時30分を過ぎていた。僕はどれくらいの間、寝ていたのだろう。空腹感に襲われていた僕は、我が身を話に集中させようとすることに必死だった・・・。

もうしばらくして、男性の看護師が僕のために、その場しのぎのミネラルウォーター1本と高カロリーの固形ブロック2包みを持ってきてくれた。
せっかく飢え死寸前だった僕を救済してくれたのに、日頃見慣れていない物だったせいもあるのか、何か悲しくなってきた・・・。なぜだろう。

→つづく・・・。


参考資料

medicomimi「血糖値の単位mg/dLってどう読めばいいの?正常な数値は?」
https://medicommi.jp/81262
肝炎.net「AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTP
https://www.kanen-net.info/kanennet/knowledge/inspection01
家族のお葬式「お葬式での音楽。好きな曲を流せるの?」https://www.kazoku24.com/column/article/column010/

 

*1:企業の検診結果の血液検査の肝機能に関する項目に書かれている値。健診結果の様式によっては、「AST」と「ALT」とも書くこともあるが、これらはどれも「トランスアミナーゼ」という、肝臓でアミノ酸代謝にかかわる値のこと。肝臓に何らかの障害が起こって肝細胞が壊れると、肝細胞に含まれているGOTとGPTが血液中に流れ出ることがある。このGOTとGPTがどれくらい血液に出てきているかで、肝臓や筋肉などの細胞に異常があるかどうかがわかるという。

*2:「ミリグラム・パー・デシリットル」と読む。血液1dL(デシリットル)あたりに含まれているブドウ糖の量が何ミリグラムかというのを示している。糖尿病を患っていない人の空腹時の血糖値は110mg/dL未満で、食後2時間経過した頃の血糖値は140mg/dL未満が正常だという。そのため、175mg/dlだと糖尿病予備軍ということになるらしい・・・。ちなみに、血液1dLというのを液体の値で例えると、100ml(または100cc)。

*3:自殺(自死)の現場を発見した場合。まず発見者が行う事は、葬儀社に電話することではなく、救急車(日本では119番。)を呼ぶこと。その理由は、自殺を図った人が本当に死んだのかがハッキリしていないのと、助かる可能性があるため・・・。

*4:私の知人の医大生曰く、このコーヒーには練乳などの糖分が入っているので、血糖値が高い人はむやみに飲んではいけないという。

*5:2021年現在。ファーレ立川には、空き地や立川基地の残骸は無いという。

*6:ここで言っているアラ汁というのは、魚の頭や切り身の成形の際に出る切り落とした魚肉と味噌などを入れて作る汁ものの事。九州地方で「アラ」と呼ばれる魚を使っているという意味ではない。カウンター席や回転しているかを問わず、人口が多い地域にあるすし屋ほど取り扱っていた。

*7:抗炎症と鎮痛作用を持った非ステロイド性抗炎症薬の1つ。皮膚から痛む患部に浸透し、酵素の1つ・シクロオキシゲナーゼに直接働きかけることで、炎症を引き起こす物質の生合成を抑制すると言われている。2000年代の薬屋で売っていた肩・腰・関節痛用の湿布や塗り薬の中では最も強い効果がある薬物だったらしい。

*8:秋葉原通り魔事件」のこと。くわしくは検索してほしい。

*9:2006年4月から始まった、日本で主に携帯電話などの携帯機器・カーナビゲーション・パソコンを受信対象とする地上デジタルテレビ放送(地デジ)の通称。2000年代後半は利用者が多かったが、その後に登場した高速回線技術によって、スマホによる動画視聴が容易になった事と、2010年代後半からはワンセグ機器を持っているだけでNHK受信料の支払い義務が生じるようになったため、ワンセグ機能つきの機器と利用者は激減した。

*10:「みずのはるお」と読む。昭和時代の有名映画評論家の一人であり、昭和時代の洋画の邦題を考えていた映画関係者の一人であり、宮崎駿監督の名と映画『ルパン三世 カリオストロの城』のことを日本中に広めた人でもあり、ラジオ番組『コサキンDEワァオ!』の中でよくネタにされた著名人の一人。映画評論家のほかにも、自身の監督・主演映画『シベリア超特急』シリーズの製作・発表活動や、西田和昭(別称・ぼんちゃん)という愛弟子がいた。

*11:アナログテレビ放送を受信する際のノイズの一種。アナログ放送を正しく受信できなくなると起こる、画面に白い点が多数ランダムにポツポツと現れて、異音を発する障害のこと。ちなみに、正式名称は「スノーノイズ(snow noise)」。

*12:昭和時代中期から後期に青春を過ごした日本人の多くが使っていた俗語の1つで、「快晴」のこと。決して「ピーカンナッツ」の事ではない・・・。

*13:英語圏で生まれ育った人とドイツやフランスなどでは不吉とされる日。一説には、イエス・キリスト磔刑にされたのが13日の金曜日だったことから、キリスト教徒にとっても忌むべき日とされているという。

*14:1959年から現在も販売されている、日本のドリンク剤シリーズのこと。タモリイチロー氏などの有名人が出演していたTVコマーシャルが人気だった。

*15:1959年にデビュー以降、2019年まで活動していた日本の伝説のロックンローラー

*16:医師が行う診断書作成などの事務作業を補助するスタッフのこと。正式名称は、医師事務作業補助者。ちなみに医療機関によっては、「病棟クラーク」または「メディカルアシスタント」と呼ぶことがあるという。

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