洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第25話

第25話:From SAT/ “彼”との出会い

この第25話からは、タイトルの中に「From SAT/ ・・・」と書いてある物が出て来る。
これは、私(サトミヤ)目線での“彼”の印象や、私が“彼”に直接取材した時の記録を基に書いたものに書いたものである。

ブログ掲載の都合上、多少の自主規制あり。

私が、“彼”と出会った(というより、彼のほうから声をかけられた)のは、2008年8月10日に*1夢の島公園陸上競技場で催された*2『WORLD HAPPINESS』の会場内だった。当時の私は、人生初の音楽フェスの勢いと、パフォーマンスの大音量に耳をやられていた・・・。

東京スカパラダイスオーケストラのパフォーマンスの最中、私の周りの観客の多くは、曲に合わせて異常なテンションで踊り狂っていた(中には、*3永ちゃんヨロシク、タオルを羽織って、ヲタ芸並みに踊りまくっている人もいた。)・・・。
東京スカパラダイスオーケストラのパフォーマンスが終わると、大音量に耳をやられていた私は、ほかのアーティストのパフォーマンスを背後に、指定スペースに腰を下ろしてうな)垂れていた・・・。

2008年8月10日・その1

©2021 Ryoichi Satomiya

その直後、一人の男性が私に声をかけてきた。
男性「・・・さん?」
サトミヤ「・・・?」
男性「(大きな声で、)サトミヤさん?」
サトミヤ「・・・何ですか?」
男性「(大きな声で、)だから、*4敏宮凌一?」
サトミヤ「・・・ええ。」
その男性は、白髪交じり(というか白髪の割合多め?)のショートとセミロングの中間のような髪形に、首から紐のついたメガネを首から提げていて、首には黒色のストールのようなものを巻いている。そして、濃いピンク色のTシャツと濃い目の紺のロングのデニムパンツという、まるで*5“2000年代の坂本龍一”のコスプレ”という感じの格好をしていた。
男性「(安堵で胸を撫で下ろす。)良かったぁ。あなたのブログで、これに行くって事が書いてあったから・・・。なんか、それっぽそうな人に勘で声をかけてみたんですよ。いやぁ、まさか本人とは・・・。」
私は、2000年から2015年まで開設していたホームページや、2006年の4月から2019年までブログを一応やっていた(観に来る人は数人だけだったが。)。だが、この頃はブログには、私の顔写真や似顔絵は公開していない。それなのに、勘で私を見つけるとは・・・。
サトミヤ「すごいですね・・・。で、何か?」
男性「実はね、あなたに頼みごとが・・・。」

2008年8月10日・その2

©2021 Ryoichi Satomiya

すると彼は、突然ステージのほうを振り向いて、ステージのほうを指差しながらこう叫んだ。
男性「あっ!*6鈴木慶一!」
サトミヤ「えっ?」
この時の私は、鈴木慶一さんのことを知らなかったので、私は彼の指差す方向をただ見ていた。ステージには*7ヨーロッパの船長のような格好をした鈴木慶一さんと様々なミュージシャンらが現れて、パフォーマンスを始めている。
この後、再び大音量に耳をやられた私たちは、途中、ステージ側の物販スペースへ避難した。
どうにか気を取り戻した彼が、自分のスペースから私のところへ再び来ると、私にアイスキャンデーを1本奢ってくれた。
その後、YMO坂本龍一教授の話をしたりして、互いのメアドを交換した。

2008年8月10日・その3

©2021 Ryoichi Satomiya

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・・・なんだかんだあって、夜になり、『WORLD HAPPINESS』のトリでもある*8HASYMOの出番になると観客は総立ちした。観客の中には、いつの間にか、*9かつて流通していたYMOのロゴが入った赤色のバンダナを腕に巻いている人も急増している。

2008年8月10日・その4

©2021 Ryoichi Satomiya

総立ちしている観客たちのせいで視界を奪われてしまった私は、まるで密集して生える*10葦原に生えている葦のよう立っている観客の中で、彼と一緒に、HASYMOのパフォーマンスを肌と耳で感じていた・・・。会場内は、*11チベタン・ダンス」や過去のYMOの曲と観客の咆哮が鳴り響いていた。

HASYMOの出番終了後、時刻は夜の9時過ぎになっていた。
会場からバス停までの帰り道。私は彼と歩き、大勢の人々と都バスのバス停でバスを待った。
その後、お互いボロボロな状態で都バスと電車に揺られながら、家路に向かう。
彼は自分に気を使わず、立川駅で私が自宅の最寄り駅行きの電車に乗り換えるまで、私の前に立って、*12私とは目を合わせないようにしながら、人混みの盾になってくれた。

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翌日。
私のケータイに彼から一通のメールが届く。
「こんばんわ。WORLD HAPPINESSのときは会えて本当に良かったです。
突然ですが、(8月)21日はお時間空いてますか?もし空いていたら、お互いの都合がいい立川でお会いしたいのでメールください。あの日に伝えきれなかったことをもう一度言いたいです。」

このときの私は、彼の「計画」のことを全く知らなかった。

→つづく・・・。

*1:1978年に開業した、かつては東京都のごみ最終処分場の跡地に作られた「夢の島公園」の中にある空間の1つ。大学サッカーやラクロスの競技会場のほかに、夏の野外音楽イベントの会場としても使われていた。

*2:2008年から2016年まで夢の島公園陸上競技場で開催されていた、ミュージシャン・高橋幸宏による“大人のための夏の野外音楽フェス”。しかし、2020年開催の東京オリンピックの都合で、野外の音楽フェスを開催できなくなったために、2017年は葛西臨海公園にある「汐風の広場」で開催された。2018年は、2021年に開催予定の東京オリンピックの都合で、東京都での野外イベントに制限がかかったせいで中止。2019年は東京オリンピックの都合で、青森県八戸市で開催された。しかし、2019年末からつづく新型コロナウイルス感染拡大と、2020年からつづいている高橋幸宏の病気療養による休業で、今後の動向が分からない状態になっている。

*3:昭和生まれの日本人にだけ通じる、矢沢永吉の愛称の1つ。

*4:この時の“彼”は、私のかつてのペンネームで呼んでいたのだが、このかつてのペンネームは2010年代に誰かが中国に商標登録をしているために、現在のペンネームに変更させていただいた。一応「さとみや・りょういち」と読む・・・。

*5:私が当時そのように思った理由は、2005年8月に茨城県で開催された『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』に出演した時の坂本龍一の服装に多少似ていたからである。

*6:「すずき・けいいち」と読む。ムーンライダーズのボーカルや、高橋幸宏とのユニット・ビートニクスのメンバーとしても活動している日本の大御所ミュージシャンの一人。北野 武監督作品の映画『座頭市』や映画『アウトレイジ』シリーズの劇伴なども手掛けていた。

*7:後で判明したが、鈴木慶一さんはこの当時『ヘイト船長とラヴ航海士』というアルバムをリリースしていて、そのプロモーションを兼ねて、ヨーロッパの船長のような格好をしてステージに現れていた。

*8:高橋幸宏細野晴臣によるユニット「スケッチ・ショウ」に、坂本龍一を加えて活動していた音楽ユニット。詳しくはウィキペディアを参照。

*9:1980年代のYMOは、ライブではなぜか赤色のバンダナを左の二の腕に巻いて、腕章のようにつけていることが多かった。日本に現存するYMOの動画や写真でも、赤い腕章のようなものをつけたメンバーの姿が数多く残っているという。

*10:「あしはら(または「あしわら」)」と読む。文字通り、葦の生えている広い土地のこと。

*11:1984年発売の坂本龍一のアルバム『音楽図鑑』の1曲目の曲。坂本龍一の1980年代の人気曲の1つ。「Merry Christmas Mr. Lawrence(※映画『戦場のメリークリスマス』テーマ曲。)」の次に人気だった。

*12:私は、目と目を合わせることにイラつくので、個人的にはうれしい対応だった。