洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第36話

第36話:From SAT/9月なのに桜の話、ゲイタウンの片隅での話、テツローと新宿のディスコ

ブログ公開につき、一部自主規制あり。

2008年9月某日の午後。
この日は朝から晴れていて、暑い・・・。

*1西武新宿駅の側にあるハンバーガーショップでテツローと待ち合わせ。
この時のテツローの格好は、首には前に観たのと同じ白地に黒い市松っぽい柄のストールのようなものを巻いている。そして、濃いオレンジ色のTシャツと黒色のロングのデニムパンツだった。

駅の地下通路を徒歩で移動して、*2寄席の近くに繋がっている地下鉄の出入口から、地上に出た。そして、新宿御苑がある方へと歩いていく。だが、テツローは私よりも身長があるので、私は彼について行くことに必死だった・・・。

*3新宿御苑の出入口の近くに来ると、彼に待つように言われる。テレビや雑誌などで観たり聞いたりして知ってはいたが、ここに来たのは私自身初めてだった。
少しすると、彼が私の分まで入場券を買って戻ってきた。私の分の入場券代を払うと言ったが、「いいですよ」とテツローに断られた。
中に入って少し歩くと、緑に囲まれた整備された公園のような光景が目に入る。だが、このような光景は私の家の周囲に複数あるために、この時の私には何とも感じていなかった。だが、折角入場券を買ってくれたテツローのためにも、私は新宿御苑を出るまでの間、必死で感嘆を演じた・・・。

新宿御苑

©2021 Ryoichi Satomiya

桜の木々が植えられている広場まで来ると、テツローが語り出した。
テツロー「この辺りって、4月になるとお花見スポットになるんです。お花見したかったなぁ・・・。」
敏宮「来年の春になれば、観れますよ。」
テツロー「そうですよね・・・。」
公園の桜の木々に対して何の感動も起こらない私は、それぞれの桜の木に着けられている木の名前の札などをチラ見すると、私はテツローにこう言った。
敏宮「この辺りの桜の木って、よく観ているとみんな同じじゃないんですね。」
テツロー「新宿御苑の中にある桜はみんな違うんです。花の形も、*4八重とか、白とか、淡いピンクや黄緑のもあるし、花が咲くタイミングも散るタイミングも違うんだそうですよ。」
敏宮「?」
テツロー「僕自身、新宿には何度も来ていますが、新宿御苑の桜の花を観たことが無いんです。恥ずかしながら・・・。」
敏宮「実は私も、新宿御苑の桜の花をこの目で観たことが無いです。テレビやネットの写真では見た事があるんですけど・・・。私自身、新宿御苑に来たのもこれが初めてなんです。」
テツロー「そうだったんですか・・・。」
敏宮「付き合ってもいいですよ、お花見。」
テツロー「え?」
敏宮「お酒は飲めませんが・・・。」
テツロー「僕は“花より団子”の人ではないですし、酒飲めとは言わないよ(笑)。」
敏宮「私の頃は、二十歳(はたち)過ぎた奴は人の集まりで(酒を)飲めないと、社会人失格というレッテルを貼られました。*5でも私は父が酒乱だから、母から飲まないように言われてきたので酒は全く飲めないんですよ。だから、売れないんでしょうね・・・。」
テツロー「売れない理由と酒は関係ないと思うよ(苦笑)。大丈夫だよ。あと数年もしたら、(酒を)飲めないと社会人失格っていう風潮は変わると思う。」

こうして新宿御苑を散策した私たちは、テツローから「近くに、友人と何度か行ったことがあるカフェがあるんですけど、行きませんか?」と、カフェに誘われる。私が「行きます」と答えると、テツローは新宿御苑から新宿二丁目のゲイタウンに繋がる通りのほうへ歩いていく。私は慌てて、彼について行った。
新宿二丁目のゲイタウンの中に入ると、*61軒のカフェかレストランのような店に入る。入った時間のせいもあるのか、客の姿は無かった。

二丁目その1

©2021 Ryoichi Satomiya

飲み物を注文した私たちは、なぜか映画の話を始めた・・・。
テツロー「サトミヤさんは*7オネアミスの翼』を観たことがありますか?」
敏宮「坂本教授の関わった作品探しをしていた際に、何度か観たことがあります。それに、*8庵野監督がお若い頃に関わった作品だとも聞いています。」

テツロー「あれは、庵野さんや*9エヴァのキャラクターデザインの人とか、後にエヴァの関係者になる方もいますからね。じゃあ、*10市民ケーン』は?」
敏宮「観た事無いです。」
テツロー「*11ダメだよ!エヴァが好きなら、一度は観ないと。昔のアメリカ映画なんだけど、撮影の仕方とか、構成や物語の作り方と世界観が独特でね、どこかエヴァっぽいんだ。」
敏宮「レンタルショップで探してみます。」
テツロー「絶対観たほうがいい!」

リンゴ飴

©2021 Ryoichi Satomiya

敏宮「じゃあ、*12メリー・ポピンズ』ってご存知ですか?」
テツロー「子供の頃に映画館でも観ましたし、レンタルビデオでも観ました。ほんのちょこっとなんだけど、*13僕は競馬のシーンの中に出てきたリンゴ飴が、僕にはものすごく大きなルビーのように見えていました。」
敏宮「そんなシーンありましたっけ?」
テツロー「あるある!絶対あるから!後で観てください。」
敏宮「リンゴ飴って、縁日や祭りの露店で売っているのは観たことありますが、食べたことが無いです。露店で売っている飴で食べたことがあるのは、ミカンの入った飴ですね。」
テツロー「なんかあったね。くぼみをつけた氷の固まりの中で固まってるミカンみたいなの・・・。実は、僕もリンゴ飴は食べたことが無いです。歯を折るか顎を外すような気がしちゃって(笑)」

注文した物が来て一旦会話が止まったが、また映画の話になる。
テツロー「どうでもいいことだけど、*14インディ・ジョーンズ』シリーズでのお宝を奪ったナチス*15KGBの最期の描き方を観ていると、アメリカ人の国民性というか、アメリカ人の本音がよく分かる様な気がする・・・。」
敏宮「あぁ、そう言われると解る気がします。ものすごく怖いし悍ましいですし・・・。将来、日本のテレビでは放送禁止になるんじゃないですか(苦笑)。」
テツロー「そうかもね(苦笑)。アクションシーンはすごい面白いんだけど・・・。でも、それを言うなら“エヴァ”も怪しいよね。(19)80年代のホラー映画並みに悍ましい時があったもの・・・。*16エヴァ使徒を絞めた上に(使徒を)バラバラにするとか、*17初号機が使徒の身体を食べてるとか、劇場版で*18ネルフの職員たちを生きたまま火炎放射器で焼いていたし・・・。」
敏宮「あぁ、そう言われてみれば・・・。」

敏宮「じゃあ、*19タンポポ』って映画は知ってますか?」
テツロー「当然。あの頃は上映前から、色んなテレビで宣伝しまくっていたからね(笑)。じゃあ、*20タンポポオムレツって知ってますか?」
敏宮「はい。確か、(東京都の)日本橋のですよね。」
テツロー「あれはね、タンポポの監督のやり方のオムライスを基にして、その映画に出演していた洋食屋のシェフが商品化して、今に至っているらしいって聞いたことがある。大分前に知り合いと食べに行ったことがあります。」
敏宮「へぇ~。それは知りませんでした。私はそのお店に行ったことがないですが・・・(苦笑)。」
テツロー「日本橋にある物の価格が安いかどうかは個人差あるけれど・・・でも“日本橋プライス”だからね(苦笑)。」
敏宮「私は、そのオムライスを作るシーンや*21最期のチャーハンとかも好きでしたけど、*22最初に出てくる役所広司さんが“上映中に音を立てる奴は嫌い”って言っているのが印象に残っています。」
テツロー「あれは気になるよね。今の人が観たら、どう思うのかなってくらいに(笑)。でも、僕が子供の頃や若い頃の映画館の売店って、ラムネとか煎餅とかポテトチップスを売っている所が良くあったけど、ポップコーンがある売店は少なかったかな。」
敏宮「マジですか?!私の記憶の中の映画館の売店って言うと、ポップコーンとコーラとパンフレットを売っているというのばかりですよ。」
テツロー「なんか、カルチャーギャップが出たねぇ(笑)。」
敏宮「(笑)」
テツロー「でも僕は、この頃の映画館(の売店)には、ポップコーンのほかに、豆から入れたコーヒーとか、チュロスやクロワッサンがある事にショックを受けたよ・・・。」
敏宮「それ分かります。」

敏宮「もしテツローさんの気に障ったらすいません。実は私、半年くらい前にこのカフェに来たことがあるんです。」
テツロー「そうだったんですか・・・。」
敏宮「でも、その時は面白くなかったし、その時に頼んだ物の記憶も思い出せないんです。」
テツロー「?」
敏宮「*23半年くらい前に、YMOが好きだという、ある雑誌編集プロの男性の編集者の男性と、このカフェへ行ったり、高島屋の中の映画館に行ったんですけど、その後、その人に連れられて*24(新宿)ゴールデン街でネコと戯れたり、歌舞伎町の18禁のラブホテル紛いなフリースペースへ連れ込まれて、犯されそうになりました。そこからは命からがら逃げ出してきましたが、駅まで逃げ込んで、衝動的に駅の中の薬局で*25妊娠検査薬を買ってました。ヤラれてないのに(笑)。」
テツロー「・・・。」
敏宮「例えYMOが好きという人であっても、所詮は身体目当てでしかないんだなと思い知らされましたね。もう人間を好きになろうと思うのは諦めました・・・。孤独死上等です(笑)。」

二丁目その2

©2021 Ryoichi Satomiya

私が一種の自虐ネタとして落とそうとしたそのとき、テツローがシリアスな表情で私にこう言った。
テツロー「それは笑って話すことじゃないよ。無理に地獄を天国に変えるようなことをしなくていいから。」
敏宮「・・・。」
私は何も言えなくなった。
テツロー「・・・ごめんなさい。あなたの心情に気づかずに。ずっとあなたに自分の思いをゴリ押ししていたんですね。嫌だったですよね・・・。本気でつらかったら、正直に言ってくださいね。その時は、僕の方から退くので・・・。」
敏宮「分りました・・・。」

その後、カフェとゲイタウンを出て少し歩くと、映画館らしきものがあるビルの近くに出た。

ツバキハウスその1

©2021 Ryoichi Satomiya

テツロー「*26ツバキハウスって、知っていますか?」
敏宮「確か、YMOがライブをやったディスコでしたっけ?」
テツロー「そうそう。ツバキハウスは、このビルの5階にあったんですよ。」
敏宮「へぇー。知らなかったです。」
テツロー「初めて来たのは、YMOのライブを見るためだった。*27(新宿)コマ劇場の「ウインターライブ」のチケットが取れなかったからね・・・。だけど、あの時は諸事情で僕がフリーだったのと、運良く*28ツバキハウスのライブのチケットが取れたんです。これまでの僕は*29冬は会社の繁忙期なので、年末年始は会社があった(東京都)立川市から一駅も移動出来なかったんです。そんな僕が年末に街中をうろついているなんて・・・。」
敏宮「すいません。今のお話に出てきた“フリー”って何ですか?」
テツロー「それはですね・・・。話せば長いですけど、あの頃は僕が勤めていた会社が急に無くなったので、暇だったんですよ(苦笑)。」
敏宮「いわゆる無職になったってことですね・・・。でも無職になったのに、散財して大丈夫だったんですか?」
テツロー「本当なら、チケット買って、新宿の街に出かけるのは良くないんだよ。でも、一度はYMOのお姿を拝見したかった(笑)。」
敏宮「(笑)」

ツバキハウスその2

©2021 Ryoichi Satomiya

テツロー「でも、会場は狭いし、人も多いし、暖房とYMOが使う機器と楽器から出る熱のせいで(ツバキハウスの)中は暑かったから、聴いているのは本当につらかったよ(笑)。でも、このライブへ行った後に近所にある職安を2週間くらい往復して、(東京都)立川市にある別の葬儀社へ入社しました。」
敏宮「なんか展開早くないですか?2週間くらいで新たな就職先を見つけるって・・・。」
テツロー「まぁ、あの頃も葬祭業界って常時募集中のところも多かったし、今みたいに自分から進んで(葬祭業界に)行きたがる人もそんなに多くなかったからね・・・。」
敏宮「(苦笑)」
テツロー「でも、このYMOのライブで行ったことがキッカケでディスコにハマりました。再就職をしてからは休みが出来ると、一人で新宿のディスコへ出かけてました。全く踊れないけどね(笑)。」
敏宮「踊れないのに、何しに(ディスコへ)行ってたんですか?」

ツバキハウスその3

©2021 Ryoichi Satomiya

テツロー「あの頃のディスコって、*30入場料を払えば、踊れなくても、食べ物や飲み物をタダでくれたから。食事ついでに、踊りに来ている人を見物してました。カレーライスとかナポリタンとか、食べてたかな?」
敏宮「新宿のディスコの入場料っていくらだったんですか?」
テツロー「僕はツバキハウスばかり行っていたから、ほかのディスコの事をよく覚えていないんです。あの頃のディスコって、ディスコがある場所やディスコの流儀とか、(客の)性別・年齢・職業とかにもよってバラバラだから・・・。ツバキハウスの場合は、普段だと(一人につき)千円だったかな。イベントがある日か、誰のライブがあるかによっては(一人につき)2千円か5千円だったかなぁ・・・。」
敏宮「あの頃のテツローさんは、まあまあ高い食事をするために(ツバキハウスへ)行っていたんですね。」
テツロー「・・・そう言われると、そうだね。まあまあ高いか。」

→つづく・・・。


参考資料
岡崎京子・著『東京ガールズブラボー』1992年。JICC出版局
フジテレビ『ジェネレーション天国』2013年9月9日放送「三世代の熱狂ダンス」
『忘れられない過去』「2011年3月26日土曜日 ツバキハウス」
https://2011hana-animals.blogspot.com/2011/03/tsubakihouse.html
東洋経済ON LINE『新宿に実在した「昭和のディスコ」の強烈な記憶』
https://toyokeizai.net/articles/-/283255

 

*1:1989年7月7日にオープンしたファストフード店のこと。なぜか、西武新宿駅が入っている建物と歌舞伎町のパチンコホールのビルの間に建っている。

*2:ここでは、「末廣亭(すえひろてい)」のこと。ちなみにこの寄席は、米津玄師の「死神」という曲のPV撮影などに使われたことがある。

*3:「しんじゅくぎょえん」と読む。東京都渋谷区と新宿区の間にある、徳川家康の家臣・内藤清成の大名屋敷がルーツといわれている、環境省所管の風景式庭園。特例がない限り、子供も大人も入場料を取られる。東京都のお花見スポットの1つであるほかに、毎年4月に内閣総理大臣主催で開催していた「桜を見る会」の会場として、2019年まで使われていた。

*4:たぶん「八重咲き」のこと。

*5:現在はノンアルコールであれば、ビールやカクテルは飲めるようになった。

*6:2001年11月から新宿二丁目の片隅で営業していた、「ココロカフェ」というダイニングカフェのこと。年中無休で正午から夜11時まで営業していたが、2019年から続く新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2021年1月31日に閉店した。ちなみに、2010年代のテレビドラマ『きのう何食べた?』第7話に、2019年当時のこの店が出てくる。

*7:1987年3月14日に劇場公開された、日本の長編劇場アニメ。詳しくは検索していただきたい。

*8:現代日本を代表する映像クリエイターの一人。特撮映画『シン・ゴジラ』や『シン・ウルトラマン』の監督であり、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』と『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの原作者。

*9:貞本義行氏の事。

*10:1941年のアメリカ映画で、オーソン・ウェルズの映画監督デビュー作品。第14回アカデミー賞脚本賞受賞。「バラのつぼみ」と言って亡くなった新聞王ケーンの生涯を、それを追う新聞記者を狂言回しに、彼が取材した関係者の証言を元に描き出していくドキュメンタリー・フィクション。当時としては斬新だった様々な撮影方法や脚本が特徴的だった。だが、この新聞王ケーンのモデルになった某新聞王から承諾もなしで製作されたために、腹を立てた某新聞王の圧力によって、興行的に失敗した。

*11:テツローの個人的見解である。

*12:1965年に日本でも劇場公開された、実写とアニメなどの技術を使って製作されたディズニーのミュージカル映画。ちなみに、2018年にこの映画の続編『メリー・ポピンズ リターンズ』がアメリカで上映(※日本では2019年に上映。)されている。

*13:テツローがここで言っていたのは、メリー・ポピンズの不思議な力で大道芸人が描いた絵の中に入り込んだメリー・ポピンズとジェーンとマイケルと大道芸人が、回転木馬に乗って、そのまま競馬に参戦して勝ったときの記者会見シーンの初めに少しだけ映る、リンゴ飴を食べる大道芸人とジェーンとマイケルのことではないかと思われる。

*14:1980年代から続く、架空の考古学者インディアナ・ジョーンズを主人公とした冒険を描く、海外の映画・ドラマ・小説シリーズ。

*15:旧ソ連の国家保安委員会。国家体制擁護のための国内外の情報活動,反体制活動の取り締まりなどをしていた。1991 年に解体された。

*16:テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』第18話「命の選択を」を参照。

*17:テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』第19話「男の戦い」を参照。

*18:劇場アニメ『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に』の「第25話Air」を参照。

*19:1985年の日本映画。昭和時代の伝説のマルチタレント・伊丹十三の脚本・監督による“ラーメンウエスタン”映画。長距離トラック運転手のゴローとガンが、売れないラーメン屋を立て直す物語を中心に、食べ物をテーマにした複数の短編作品が繰り広げられるというのが特徴だった。

*20:日本橋たいめいけんの人気料理の1つ。楕円形に盛ったチキンライスの上に、割れて広がる半熟状態のオムレツが載ったもの。諸説あるが、このようなタイプのオムライスを最初に商品化したのは、この店の二代目シェフの茂出木雅章氏(※三代目シェフの父。)だと言われている。

*21:タンポポ』の本編中に出てくる短編作品の1つ。病気で危篤状態の妻のところへ夫が駆け寄ると、妻の死を回避したいという思いで夫が妻に「晩飯を作れ!」と強く呼びかける。すると妻は病床から起き上がると、キッチンへ行ってチャーハンを作り、夫と子供がいる食卓へ持ってくる。夫と子供が食べながら「うまいよ!」と妻に言うと、妻は微笑みながら息を引き取った。

*22:タンポポ』の本編の最初に出てくるシーン。役所広司演じるキザ男が、スクリーンを観ている人に語り掛けるように、(本編)上映中に音が出る食べ物を食べる人や腕時計などのアラーム音を鳴らす人を許さないことを語ったり、近くでポテトチップスを食べている人の胸ぐらをつかんで脅したりするというもの。

*23:私が2000年代後半に体験した実話の1つである。

*24:東京都新宿区の中に終戦直後からある「新宿ゴールデン街」と呼ばれている飲食店街のこと。木造建てのバラック長屋に、スナックなどの酒場が約290軒に並んでいるのが特徴で、昭和時代から平成時代まで数多くの著名人・芸能人・芸術家が来訪している事でも有名。

*25:妊娠した女性の尿の中の「hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン))というホルモンを感知することで、妊娠している可能性があるかどうかを表示する試薬のこと。2008年当時は薬局やドラッグストアへ行けば、いつでも誰でも手に取ることができる物だった。しかし、2016年に妊娠検査薬は「第1類医薬品」になったため、薬剤師が常駐している店でないと買えない。ちなみに「hCG」とは、子宮に受精卵が着床し、胎盤のもとになる絨毛が作られ始めると分泌されるホルモンのこと。

*26:1975年から1987年まで、東京・新宿にあるテアトルビル5階にあったディスコ。不定期で有名なミュージシャンのライブや、1970年代から1980年代まで日本で流行していたイギリス・ロンドンのポップス曲やパンク系の曲だけを流す「ロンドンナイト」というイベントを開催することでも有名だった。

*27:1981年11月24日から12月27日にかけて、宮城県岩手県広島県大阪府・愛知県・北海道・福岡県・石川県・東京都で開催されたYMOのライブのこと。

*28:YMOの「ウインターライブ」東京公演は、1981年12月22日から24日までは新宿コマ劇場。同年12月27日に、新宿の街にあったディスコの1つ・ツバキハウスで開催されたという。だが、残されているYMOの「ウインターライブ」の資料の多くが音声と写真ばかりで、少しでも映像が残されているのは新宿コマ劇場公演に関連したものだけだと言われている。ちなみにその映像は、1982年に『YMO WINTER LIVE 1981』というタイトルでVHSソフト化された。その後の2020年にブルーレイソフト化されている。

*29:テツローが従事していた葬儀社を含む葬祭業界は、冬は忙しい業界の1つだという。くわしくは第31話を参照。

*30:1980年代前半の新宿区を含む東京都内の多くのディスコでは、集客目的や固定客作りのために、入場料を払えば、食べ物(※ディスコ側で調理・加工された軽食・麺類が多かったという。)と、アルコールかソフトドリンクを無料で提供するというのがよくあったという。ただし、ディスコによっては「食べ物と飲み物の無料提供は女性だけ」というところもあったらしい・・・。