洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第37話

第37話:新宿2丁目界隈とサトミヤの話

山下テツローの遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200809」より。ブログ公開につき、一部自主規制あり。

09/09/08(2008年9月9日)
この日は朝から晴れていて、暑い・・・。

僕の身の周りには、命がけで夜の(新宿)二丁目へよく出入りしていた事がある人がいる。昔、その人に誘われて何度か連れていかれたことがあるが、お互いゲイバーの方には挑戦した事は無く、頑張っても、ゲイタウン付近の*1「ニューサザエ」かラーメン屋くらいしか行けなかったのを覚えている。夜の新宿二丁目は、何らかの狂気と殺気と欲望が渦巻いているみたいで、毎回お互い怖気づいていた・・・。

以前、パートナーと一緒に行ったことがある、新宿二丁目のゲイタウンの中のカフェへサトミヤさんと入る。
カフェの中へ入ると、昼時を過ぎているせいもあるのか、まだゲイタウンにある店の多くが開店していないからというのもあるのか、店内の客はいなかった。
サトミヤさんはご両親の都合で、日中の二丁目は5回以上来たことがあるそうだが、このカフェには来たこともなく、夜の二丁目も、ゲイバーとかに入るためではなく、レズビアンを公表していたある参議院議員の演説を聴くために行っただけだと言っていた。

二丁目その3

©2021 Ryoichi Satomiya

カフェの中では映画の話をしたりもしたが、途中サトミヤさんが、あるYMOファンの男性から性暴力を受けそうになったという話も聴いた。

その男に最初に連れていかれたのはこの店で、次にゴールデン街の中にある裏でネコを可愛がるのを見せつけられていた。前に僕が誘った映画館へも連れてかれていた。
その次に、歌舞伎町の中にある18禁のラブホ紛いな部屋へ連れてかれて、そのまま襲われそうになったのだという。
この事がキッカケで、サトミヤさんはネコも、親子連れも、子供も、恋愛も、人間も、実の親もダメになってしまったという。
暴力という奴は、例え行為をしなくても、言葉だけであっても、心に深手を負わせるようだ。

YMOが好きという人であっても、所詮、身体目当てでしかないんだなと思いました」と笑いながら語っているのを聴いていた僕は、つい「それは笑って話すことじゃない」と、胸の内に思った事を口に出してしまった。
僕は「ごめんなさい。ずっと、僕は自分の事ばっかりしか考えないで。あなたの心情に気づかないで・・・。嫌だったですよね・・・。」と、サトミヤさんに謝り、「つらかったら正直に言ってください。その時になったら退きますから」と、サトミヤさんに言った。

地獄を天国にするな

©2021 Ryoichi Satomiya

この数ヶ月の僕とサトミヤさんが二人きりになっているという状況は、サトミヤさんにしたら自分の傷に塩をすり込むだけでしかないだろう・・・。それなのに、僕のわがままに付き合ってくれている。
これは僕の勝手な決めつけだが、もしかするとサトミヤさんは、自身の心身的ダメージが悪化することを覚悟の上で*2暴露療法のようなことをしているのかもしれない・・・。

新宿2丁目から移動中。
本来の目的だった、僕とパートナーの事と出会った場所へサトミヤさんを案内しようとしたのだが、さっきのカフェでのサトミヤさんの事が気がかりになってしまい、今回はやめる事にした。
替わりに、僕が前に新宿のディスコに通っていた話をすることにした。サトミヤさんは良い反応をしてくれた。
少しは気を紛らわしてくれただろうか?それとも・・・。
どうしよう、このままでは堂々巡りになってしまう。

→つづく・・・。

*1:1966年から現在も新宿2丁目で営業している、自称ディスコのことではないかと思われる。1960年代から1980年代のソウルやディスコミュージックを中心とした選曲をして店内にかけたり、新宿2丁目では珍しかったゲイ・女装子・ノーマル(ノンケ)などと様々な客を受け入れる懐の広い店だったという。なお、テツローと“新宿二丁目へよく出入りしていた人”が来店した頃にいたと思われる、初代マスターの紫苑さんは2018年6月に他界した。現代は、別のマスターが経営をしているという。

*2:「ばくろりょうほう」と読む。別称「エクスポージャー法」。不安にさらされていると次第に慣れていくことを利用した治療法。精神科で不安障害の治療で用いられることがあるが、症状を悪化させる可能性があるので、素人がやってはいけないという。