洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧ペンネーム・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第38話

第38話:パートナーが帰ってこない日々、二度目の「一緒に死んでくれ」

※現在、当方のネット環境に通信障害が発生しているため、11月30日の公開に間に合いませんでした。

山下テツローの遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200809」より。ブログ公開の都合上、一部自主規制あり。

09/10/08(2008年9月10日)
この日は朝から晴れていて、暑い・・・。

パートナーと朝食をとるが、パートナーはいつもより元気が無い・・・。
この日は休み。
午前中は病院へ行って通院治療。また主治医から治療入院の日時をどうするか聞かれた。

病院からの帰り。
携帯電話を観ていると、留守番電話が何かを預かっていることに気付く。再生してみるとパートナーからで、「会社の仕事の都合で家に帰れなくなりました。ご飯は一人で済ませてください。また電話します。」というものだった。

09/11/08(2008年9月11日)
朝から曇っている。昨日と比べて涼しい。
パートナーと朝食をとるが、今日もパートナーは元気が無い。

午後から雨が降り出してきた。
13時から19時までバイト。

15時過ぎ。
ご老輩の男性客がライターとマッチの売り場にあった使い捨てライターを1つカチカチさせながら僕のいるレジに持ってくると、「*1このライター使いにくい」と言ってきた。すると店長に「*2景品ライターをさしあげて」と言われる。僕は、レジの後ろのタバコの在庫置き場の片隅にある景品のライターが大量に入っている箱を客の前に出す。客は景品ライターを2つ手に取ると、持ってきたライターを置いて、そのまま店から出て行った。

夕方。
バイトから帰って来てテレビをつけると、*3ニューヨークの同時多発テロ事件が起こって今日で8年になるということで、テレビのニュース番組の中ではアメリカの追悼集会の中継が映っている。*4『エレファンティズム』のDVDでもこの事件の現場を観たことがあるが、何も言葉が出てこなかったのを覚えている・・・。
携帯電話を観ると、パートナーから「会社の仕事の都合で家に帰れなくなりました。ご飯は一人で済ませてください。」とメールが来ていた。僕は「メールありがとう。無理しないでね」と返信した。

09/12/08(2008年9月12日)
朝から晴れていて、昨日より暑い・・・。
今日もパートナーは帰って来ていない。

この日は休み。
駅前の交番の近くにあるパチンコホールの開店前の行列に初めて並んでみる。並んでいる間、歩行者や信号待ちをしているドライバーやバスの乗客からの冷たい視線を痛いくらいに強く感じた・・・。しかし、僕の手前の人のところで入場整理券が終わってしまい、僕はほかの抽選もれになった人たちと共にその場を離れた。
このまま家に戻るのも何か嫌だったので、*5立川駅)北口の駅ビルの1階に出来たというアメリカ式のコーヒーショップに初めて行く。「アイスの*6キャラメルマキアート*7トール」を買って、店内のテーブル席で飲んだ。注文の時に、(コーヒーを割るのに使う)ミルクの種類やシロップや氷の量はどうするかと訊かれまくった・・・。豆からちゃんと入れたコーヒーを使っているせいか、*8UCCの缶コーヒーや*9マックスコーヒーよりは甘く無かったが、美味しかった。
コーヒーショップを出ると、パートナーのために1階の*10コップのプリンを2つ買って、一度帰宅する。

2008年9月12日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

プリンを冷蔵庫へ避難させると、再び駅前に戻る。
立川駅)南口ではパチンコホールの客取り合戦が繰り広げられている。
僕はさっき離れた(パチンコ)ホールへもう一度行ってみたが、ホールの中には客が二人しかいなかった。開店前の人混みはどこへ行ったのだろう?(パチンコ)台のカウンターを観ながらホール内を一周してみたが、どの台も大当たりをするまで(の回転数)が888回や938回や1880回や3990回などと表示されていたり、大当たりを引いた回数も1回とか3回と表示しているものばかりだった・・・。
どうしよう。ホールの中で複数の*11骸が転がっているのが観える・・・。今日ここで打ったら死ぬかもな、俺。
僕は怖くなってしまい、南口周辺にある人の気配が少ない別のホールに移動して、*12「フィーバーパワフル」を打った。人の気配が少ないというのもあって、騒音もタバコの臭いがしなかった。その分、打つことに集中出来た。
夕方まで打って、4万5千円と僕もパートナーの好きな*13インスタントのたらこスパゲティ6個ゲットした・・・。

夕方。
携帯電話を観ると、パートナーから「会社の仕事の都合で家に帰れなくなりました。ご飯は一人で済ませてください。」とメールが来ていた。僕は「メールありがとう。本当に無理しないでね」と返信した。

09/13/08(2008年9月13日)
今日も朝から晴れていて、昨日より暑い・・・。
今日もパートナーは帰ってこない。

13時から19時までバイト。
15時前に、弁当売り場から賞味期限5時間前の弁当・おにぎり・サンドイッチを下ろしたが、廃棄する弁当・おにぎり・サンドイッチが、カゴ2つ半になっていた。
アイスやソフトクリームやビールはよく売れていたのに・・・。

バイトからの帰り。
「今日も家に帰れなくなりました。家の布団で寝たい」とメールが来ていた。僕は「家に帰れそうになったら連絡ください。食べたいものを用意する」と返信した。

09/14/08(2008年9月14日)
朝から曇っているが、蒸し暑い・・・。
今日は休み。
今日もパートナーは帰ってこない。一人での食事に慣れてきている自分に少々呆れる。
パートナーが作った2つのマーマレードのビンの内1つ空になった。

正午過ぎ。
パートナーの携帯電話に「今日は帰宅できそう?君の好きなコップのプリンと一緒に待ってる」と送信した。

携帯電話を観ると、パートナーから携帯電話を観ると、パートナーから「今日も家に帰れなくなりました。ホントごめんなさい。」とメールが来ていた。「絶対行き倒れるなよ・・・。」と返信した。

09/15/08(2008年9月15日)
朝から曇っている。昨日と比べて涼しい・・・。
今日もパートナーは帰ってこない。
この日の朝食は、砂糖抜きの熱めのカフェオレと、昨日で賞味期限が切れたコップのプリン2個。

今日は「敬老の日」だ。でも、2003年からは*14法律でただの祝日にされてしまったから、よく分からない休日になってしまった。去年の「敬老の日」は(9月)17日だったし・・・。

13時から18時までバイト。

2008年9月15日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

14時過ぎに届いていた新聞の夕刊の山を、売れ残った朝刊とスポーツ新聞と入れ替えようと思い、夕刊を束ねているテープを切ったその時、ある夕刊の一面が目に入る。そこにはデカデカと*15「リーマン経営破綻」と書かれていた。この時、僕は心の中で「あれ?ここって、パートナーが働いているとこと名前似てるけど・・・違うかな?」と妙に胸騒ぎがしたが、まだ勤務中だったので、パートナーへ連絡するのは勤務時間が終わるまで待つ。

バイトが終わり、着替えに行こうとしたら、店長から「今日は敬老の日だから」と、賞味期限ギリギリなパック詰めの豆大福を1つもらった。僕はまだそんな年じゃないし、これって、廃棄逃れじゃないのだろうかとも思った・・・。

家路に向かう途中、パートナーのケータイへ電話をかけてみる。しかし、パートナーのケータイは電源が入っていないのか、「留守番電話サービスへ接続します」となってしまい、連絡がつかない。
不安に駆られて急いで家に帰ってみるが、パートナーは帰っていなかった・・・。

09/16/08(2008年9月16日)
今日は休み。朝から雨が降っている。

パートナーは帰って来ていないし、連絡がつかない。

僕は久しぶりに*16袋めんを作って食べながら、あちこちのチャンネルの僕のパートナーがいる会社のことを取り上げている朝の情報番組を*17ザッピングしていた。

午後。
雨が止んだので、気分転換に中央図書館へ出かける。
新聞コーナーの中にある、日本で発行している英字新聞や、アメリカから来た新しい日付の英字新聞の一面には、記事はなんて書いてあるのかは分からなかったが、大きな段ボール箱を持ってリーマン・ブラザーズ(の建物)を後にする人を写した写真や、頭を抱える人の写真が載っている・・・。
図書館からの帰り。
家電量販店を素見(ひやか)す。途中テレビ売り場に近寄ると、店の人や、たぶん僕のように素見し来た人たちが、僕のパートナーがいる会社の社長の記者会見を黙って観ていた。今日(9月16日)、民事再生法を申請して倒産したと言っている。*183兆4,000億円の負債を抱えているという情報も表示されていた・・・。

2008年9月16日の彼・その1

©2021 Ryoichi Satomiya

夕方頃。
情報番組の中で、パートナーがいる会社の記者会見での社長の発言に、「“外的要因が大きいことは誰もが認める”とは何事だ!」「(会社が倒産したのは)自分の責任ではないと言わんばかりだ。」と、経済ジャーナリストや経済学者の人が激怒している。
すると、パートナーが無言で帰ってきた。ホテルかマンガ喫茶にでも泊まっていたのだろうか、小ギレイななりをしていた。
僕は、「お帰り」とも「連絡も無しにどこ行っていたの」などという言葉を発することが出来ずにいた。僕の側に来て足を止めたパートナーは、弱々しいが僕に聞こえる程度の声量で「テツローさん・・・一緒に死んでくれ」と死んだ魚のような目をして、僕に言ってきた。
だが、僕はパートナーの言葉に即答出来ずに、何も言えなかった。
パートナーは僕がすぐに回答しなかったせいなのか、無言で僕から目を背けて、重い足取りで自分の部屋に向かう。パートナーはずっと部屋から出てこなかった。
パートナーからの二度目の「一緒に死んでくれ」が出てくるとは思っていなかった・・・。
あの時と同じだ・・・。

2008年9月16日の彼・その2

©2021 Ryoichi Satomiya

僕は人生の中で「一緒に死んでくれ」と一度言われたことがある。それを言ってきたのはパートナーだ。確か、1997年11月にパートナーが勤めていた会社が自主廃業したというのをニュース番組で知った。記者会見の中の社長の事が印象的だった。ぼくには何の関係もない他社のことなのに・・・。
その日の夕暮れか夜に、日勤から帰ってきた僕の所へ来て、今にも泣きだしそうな顔で「僕と一緒に死んでくれ」と言ってきた。あの時のパートナーは、長い事務めてきた会社が、会社のお偉方のせいで廃業せざるを得ない状況なった事と、あの人の中で積もり積もっていた会社への思いが相まって、自暴自棄になっていたのだろうと思う。
僕は、パートナーのリクエストに応えることが出来なくて「それは、出来ない」と答えた。その直後、パートナーは大声で泣きだした・・・。

でも数日後に、ある外資系の証券会社が、パートナーが勤めていた証券会社の社員全員を引き受けてくれるという話が出たので、あの時はお互い死なずに済んだ。

大変申し訳ないが、僕は君と死ぬことは出来ない。僕は、昔から「右へならえ」に従う事に抵抗がある奴だし、僕は君の心の傷の深さに同調することも出来ない奴だ・・・。

→つづく・・・。

参考資料
コトバンク「ライター規制」
https://kotobank.jp/word/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%BC%E8%A6%8F%E5%88%B6-188845
フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』「アメリカ同時多発テロ事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%8C%E6%99%82%E5%A4%9A%E7%99%BA%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6
Newyork.jp「ニューヨーク グラウンドゼロ」
https://www.newyork.jp/%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%83%a8%e3%83%bc%e3%82%af-%e3%82%b0%e3%83%a9%e3%82%a6%e3%83%b3%e3%83%89%e3%82%bc%e3%83%ad/

 

*1:1950年代から登場したという使い切りライターや、幼児・子どもの火遊びによる火災・ケガ・死亡事故が頻発したために、2009年以降、子どもが簡単に扱えないように点火レバーを固くした物や複数の操作を必要とする“CR(チャイルドレジスタンス)使い捨てライター”が販売されるようになった。

*2:2010年代前半まで、タバコ屋とタバコを扱うコンビニのレジ周辺では、20代以上のタバコ購入者に対して、携帯用の灰皿と新商品タバコの試供品のほかに景品ライター(ノベルティーライター)を販促目的で配られていることがよくあったという。だが2009年以降、タバコ購入客の中には景品ライターを断る人が増えてきたことや“CR使い捨てライター”が販売されるようになったほかに、たばこ税の増税などを機にタバコを卒業する人が増えてきた影響とタバコメーカー自体が斜陽産業になり始めていたこともあって、2010年代以降、景品ライターを含むタバコの販促グッズは激減した。

*3:アメリカ時間の2001年9月11日の朝に、イスラム過激派テロ組織「アルカイダ」によって行われた、アメリカ合衆国に対する4回のテロ攻撃のこと。「9.11」または「9・11テロ事件」とも呼ばれる。特に、アメリカ・ニューヨークにあるワールドトレードセンター(WTC)の建物に乗客を乗せた旅客機が2機突っ込んで、建物を倒壊させたという攻撃は、当時のアメリカと日本を中心に衝撃を与えた。死者は合計で2763人(※内訳は、当時建物にいた民間人2192人、消防士343人、警察官71人、ハイジャックされた旅客機の乗員・乗客147人、テロリスト10人。)。2021年現在、身元不明や鑑定不可能などを含めた行方不明者が1100人いるらしい。

*4:2002年に日本のテレビ局が製作した、坂本龍一主演のドキュメンタリー番組。当時はVHSとDVDの2種類のメディアで販売されただけで、テレビ放送はされなかった。2001年9月11日に坂本自身がニューヨークで体験したテロ事件を機に、人類が持つ攻撃性を独自の視点で考えるために、人類の起源の地・アフリカに訪ねるという内容のものだった。ちなみに、この作品の冒頭に出て来るワールドトレードセンターの跡地は、現在「グラウンド・ゼロground zero)」と呼ばれる、ワールドトレードセンターのテロ攻撃で亡くなった人たちを追悼するための場所になっている。

*5:たぶん、スターバックスコーヒールミネ立川店のことではないかと思われる。最初の店はいつ開店したかは不明だが、ルミネ立川の1階の出入口の近くで営業していた。この店は2014年6月末に閉店したが、2020年にルミネ立川の1階の別の場所で営業しているという。

*6:バニラシロップと細かく泡立てたミルクを合わせたものにエスプレッソコーヒーを注いで、キャラメルソースをトッピングした飲み物のこと。「ホット(温かい)」か「アイス(冷たい)」のどちらかがある。

*7:スターバックスコーヒーなどの英語圏の飲食店で使われる規格の1つで、容量は約350ミリリットル。日本のファストフード店のMサイズに当たる。

*8:1969年から現在も、自動販売機を中心に発売されている缶コーヒーの一種。正しい名称は「UCCミルクコーヒー」。現在販売されている缶コーヒーと比べると、コーヒーよりミルクと砂糖の主張が強いのが特徴。ちなみにこの缶コーヒーは、1990年代のテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の劇中に何度か登場したことがあり、このアニメのメインキャラクターが印刷されたコラボ缶コーヒーが何度も販売されたことがある。

*9:第2話を参照。

*10:たぶん、モロゾフのカスタードプリンのことではないかと思われる。このメーカーのプリンは独自のガラス容器を使って作るのが特徴だった。ちなみに、このメーカーの本社は兵庫県にあって関西地方にも販売店があるのだが、関西地方の人の多くは、このプリンの容器を資源回収へ出さないで、グラスなどに再利用するらしい・・・。2010年代までは、東京都中のデパートや駅ビルの銘菓売り場の中には、必ずと言ってもいいくらいにモロゾフの販売店があった。

*11:「むくろ」と読む。魂の抜け去った肉体の事を現す古い日本語。なきがら、死骸など。

*12:2006年に登場した、1990年代の人気パチンコ台の改訂版。リーチがかかった時、中央のマス目の中を果物のメロンのような図柄が通過した直後に7図柄が3つ以上揃って止まれば大当たりというシンプルなゲーム構成と大当たりラウンド終了後は必ず確率変動に突入するというのが特徴。

*13:1995年から2010年まで、『Spa(スパ)王』という、常温保存可能な生めんタイプのインスタントスパゲティが製造・販売されていたことがある。通常のラインナップはミートソースとたらこだけだったというが、不定期で限定商品を出すこともあったらしい。

*14:2001年に改正された「国民の祝日に関する法律」によって、「敬老の日」は9月15日から9月の第3月曜日に変更された。

*15:アメリカ合衆国のある投資銀行が、約6000億ドル(※当時の貨幣価値で、約64兆円。)の負債を抱えて、(アメリカ時間の)2008年9月15日に経営破綻したことに端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した事象の通称。2008年当時、一部の経済業界の人々からは“100年に一度の経済危機”と呼ばれたという。ちなみに、海外では日本とは異なる呼び方が定着しているらしく、外国人のビジネスマンに「リーマン・ショック」と言っても通じない。

*16:たぶん、袋入りのインスタントラーメンのこと。

*17:テレビ視聴において、リモコンでチャンネルを頻繁に切り替えながら視聴する行為のこと。 チャンネルを替えるとき、放送していないチャンネルでは「ザー」という音がする。頻繁にチャンネルを替えると、「ザッ、ザッ」と音がするので、ここからザッピングという言葉ができたとも言われている。

*18:ここに書かれているのは、日本時間の2008年9月15日の負債総額である。その後、修正などを経て、パートナーがいる会社が抱えていた最終的な負債金額は4兆1646億円となった。どうでもいい事なのかもしれないが、この会社が抱えていた負債金額は、その後「この会社が倒産したのは、単に大元であるアメリカにある本社の破綻に巻き込まれただけだから」という感じの海外の経済業界の判断によって、海外から資産回収が早く進み、顧客などへの返済も9割済んだということもあって、民事再生法を申請してから11年後の2019年8月28日に、すべての破綻処理が完了したことをネット上で発表され、当時のマスメディアでも報じられた。

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