洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第1話

第1話:From SAT/いないはずの彼から・・・。

先に言うが、サブタイトルに「From SAT/」と入っているものは、私の取材記録などを基に、文章化したものという意味である。
それでは、本編へ戻る。

 

“彼”の最期?

©2021 Ryoichi Satomiya

「中学校付近で自殺?」
2009年3月24日の午前6時過ぎに、(東京都)○○市郊外の中学校付近の○○神社の境内で人が倒れているのを地元の人が発見、救急へ通報した。倒れていたのは、(東京都)立川市の○○○○さん(58歳)。○○さんは胸部を圧迫された状態で、既に死亡していた。○○(市)警察は自殺か事故の可能性があるとみて、捜査している。

上のものは、2009年3月27日付の某日刊紙の東京都のある地域向けに製作された地方版の事件欄に載っていた内容に、多少の自主規制をしたものである。

2009年3月24日の午前6時過ぎ。東京都のある中学校付近の神社で一人の男が死んだ。死因はたぶん自殺かもしれない。だが私は、この男に心当たりがある。何故なら、私は2009年3月22日まで、この人といたのだから・・・。
後に、彼の死は「自殺」ではなく「事故死」として処理されたという事を知るのだが、この当時の私は納得出来ずにいた。

*1彼は、1952年3月24日生まれ。東京・赤坂出身の58歳。東京都内のある四年制大学を卒業後に、東京都立川市のある葬儀社で20年以上勤めていたが、2008年7月に一身上の都合により退職。その後、立川駅付近のコンビニでアルバイトをしたり、近所や中央線沿線にあるパチンコホール*2打ちに出かけたりする日々を送っていた。
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2009年3月25日の午後。
私の家に、大きな段ボール箱が2つ届いた。
箱に貼ってある送り状に書かれていた箱の送り主は、この世にいないはずの彼だった。

2009年3月25日の作者

©2021 Ryoichi Satomiya

箱の中身は以下のようなものだった。

・彼が収集していた、YMO坂本龍一の1980年代から2008年までの雑誌インタビュー等からの切り抜きのファイル、8冊
坂本龍一のコンサートのパンフレット、3冊
YMOのコンサートのパンフレット、3冊
坂本龍一のシングルレコード盤、4枚
坂本龍一のアルバムレコード盤、5枚
坂本龍一の公式ファンクラブ会報0号から33号(最終号)まで。
*3坂本龍一のサインが書かれたハガキ、1枚
坂本龍一YMOHASYMOのCD、20枚
坂本龍一HASYMOのライブDVD、6枚
・2000年代にネット上で流出していたYMO坂本龍一関連の動画を記録したデータ用DVD-R、5枚。
*4自作の*5ラブラドライトのペンダント、1つ
・黒いボディーの*6海外製の携帯音楽プレーヤー1台と専用の充電器
YMOの写真集、4冊
YMO関連の本、3冊
坂本龍一の著書、5冊
*7『影の獄に』日本語訳版の本
*8坂本龍一の『音楽図鑑』
*91995年のアンディ・ウォーホルの回顧展の図録
*10自死という生き方 覚悟して逝った哲学者』という本
*112ギガバイトUSBフラッシュメモリ、2個
*12長形3号封筒1通(封筒の中身は、パソコンを使って書かれた私宛ての手紙。)

彼からの私宛ての手紙の中に「好きなようにしてください」と書かれていたので、彼が遺していたUSBフラッシュメモリに記録されているテキストファイルの一部と私のこれまでの取材記録をもとに、『ある山下テツローの場合』という題名を付けて、このブログで載せていこうと思う。
これは、自分に減滅し、様々な葛藤と迷走をしながらも、自分で自分に終止符を打つことを決めた、ある男の話。

なお次回からは、彼の遺した文章がしばらく続くので、私の代理キャラの出番はここで一旦ストップとさせていただく。

→つづく・・・。

*1:このエピソードを書いていた当時、彼の仮名をまだ決めていなかった。彼に仮名をつけることになるのは、もう少々後のエピソードから。

*2:日本のパチンコやパチスロ好きの人の中には、パチンコ・パチスロ台で遊技する行為を「打つ」と言う人がいる。一説には、「博打」の「打」という字の中国漢字の古い意味である「勝負事をすること」から来ているらしい。

*3:1990年代前半まで存在した坂本龍一の公式ファンクラブによる、坂本龍一の直筆サイン入りのバースデーカード。ファンクラブ会員の誕生祝い企画として、一時期配布されたことがあったという。

*4:彼の取材をしていた当時の雑談の中で、彼は30代の頃から、鉱物や化石と一部のパワーストーンに興味がある人だった。新宿のある老舗書店内にある化石売り場や原宿などにあるパワーストーン専門店へ行ったりもしていたという。なお、このペンダントの事については、もう少々待ってほしい。

*5:光をあてると、青色や虹色の輝きを示す性質を持つ「ラブラドル長石」という石の別称。日本では、地の色がグレーや緑色のものが数多く流通している。

*6:あの林檎マークのものだった。

*7:ローレンス・ヴァン・デル・ポストによる、自身のインドネシア・ジャワ島にあった日本軍俘虜収容所での体験を描いた小説の本。現在も、装丁などを変えながら出版されているという。ちなみに、この本に収録されている「影さす牢格子(1954年)」と「種子と蒔く者(1963年)」というエピソードは、1983年に『戦場のメリークリスマス』というタイトルで映画化されている。

*8:1984年に発行された本の1つ。坂本龍一による紙の本の可能性を探求する出版プロジェクト「本本堂(※1981年から2000年代まで活動していたらしい。)」が編集し、当時実在した出版社から発行された。内容は、1984年に発売された坂本龍一のアルバム『音楽図鑑』の制作期間中の資料の一部やアート作品やマンガをコラージュしたもの。現在絶版。

*9:1996年に東京都現代美術館で開催された『アンディ・ウォーホル 1956-86:時代の鏡』という企画展の、展示された作品の写真などをまとめた本。現在絶版。ちなみに、この展示では1980年代に制作された坂本龍一肖像画の1つが日本初公開された。

*10:大阪府出身の社会思想研究家・須原一秀氏(享年65歳)が、2006年4月に自殺する前に書き残していた遺稿を、須原氏の遺族と須原氏の友人・知人によって、2008年1月に書籍化したもの。現在絶版。

*11:2000年代の日本では、4ギガバイト以上の容量のUSBフラッシュメモリは1つ・1万円から5万円くらいというものが多く、私を含む日本の貧民にとっては高根の花だった。この当時は、1つ・500円から5,000円くらいで買えた500メガバイトから2ギガバイトまでのフラッシュメモリを1つ(または複数)購入して使っている人もいた。

*12:これについては、後々掲載しようと思う。