洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧ペンネーム・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第2話

第2話:ある遺体移送、マックス缶が身に染みる

 当初、彼の遺したテキストファイルをすべて公開しよう・・・と思ったのだが、時代的な都合で使いづらい文章表現や、平成生まれの日本人には絶対通じなさそうな文章表現などが多かったのと、ブログへの掲載の都合で、多少の自主規制などを施してから掲載していこうと思う。
私が所有している彼のUSBフラッシュメモリ自体に残っている*1「プロパティ」によれば、彼がこのような日記を始めたのは2008年1月2日から。これはテキストの文面から推測した限りになるが、2008年1月に発売された、ある一冊の本との出会いがキッカケだったようだ。
ちなみに、彼がテキストの日付を以下のように書いている理由は、恐らく、彼がいた頃に存在していた坂本龍一の公式ファンクラブ会報に掲載されていた坂本自身の日記の書き方が影響していると思われる・・・。

01/02/08
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彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200801」より。ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。

01/02/08(2008年1月2日)
この日は*2夜勤。
職場へ向かう前に、近所の書店で売れている本のランキングに取り上げられている、*3自死という生き方 覚悟して逝った哲学者』という本を立ち読みして、衝撃を受ける。つい一冊購入し、夜勤の時に読破してしまった。
この日の夜勤は、1月にしては珍しく電話やメールも来なかった。この日の夜は珍しく電話が鳴らなかった。おかげで仮眠をいつもより少し長く取れたので、何だか体調がいい。

01/03/08(2008年1月3日)

2008年1月3日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は夜勤。
(夜)9時ごろ。
*4献体の人の*5「遺体移送」の依頼の電話が2件入る。近年は遺体搬送専門業者が数多くいるので、僕のいる会社にこの手の依頼が来たのは、かなり久しぶりのような気がする。
移送先はそれぞれ異なるが、すべて東京都にある医大だった。この遺体移送の依頼の1つに、「(大分ブランクがあるが、)遺体移送の経験者」として同行。僕と運転手役の社員は、(東京都)立川市のある病院へ亡くなった人を迎えに行く。生前この人から「献体前の葬儀は不要」ということや「遺族の負担を減らしたいので棺に納めないでほしい」という事も言われていたために、病院の看護師2名に手伝ってもらい、この人を棺代わりの*6納体袋に入れて、*7担架に拘束し、(東京都)三鷹市の大学へ向かっている。ドライバーと僕は、*8会社の規則で車の窓という窓を開けている。だが、さすがに正月の夜風は身体に障るので、移送中は必要最低限の防寒着と対策をしている。僕はドライバーの側で、無線のやり取りを耳に入れつつ、事前にほかの社員が入手していたこの人の*9死亡診断書と*10火葬許可書と*11埋葬許可証を確認しては、老眼鏡越しに漆黒を傍観していた。この大学への道中は、本当に東京都なのだろうかと思いたくなるくらいに灯りが少ない。
遺体移送というのは色々な意味で怖い。ひどい例えをしたら、遺体移送とはギャンブルのようなものだ・・・。届け先で、届けた亡くなった人の状態確認をしてOKが出ればまだ良い。しかし、地域によっては道路のコンディションにバラツキがあって、特に地域と地域の境目で起こる「ガタン」というのが怖い。稀にこの「ガタン」が原因で、*12「臓器に病変以外の損傷があるから」とか「亡くなった後に出来た骨折がある」などという理由で突き返されたのが僕のいる会社のほかの支店であったらしいというのを、ある社員のお喋りで耳にしたことがある。もしそうなった場合、依頼主(または遺族)へ報告と謝り倒さないとならないし、火葬場の予約と火葬場が使える日が来るまでの亡くなった人の安置方法についての話し合いと見積もりを遺族と改めて行わないとならなくなってしまう。
そういえば大分前に、東京都のある同業他社で、献体される亡くなった人をある医大へ運んだ際に、医大側のチェックで「(亡くなった人の)右の*13橈骨の一部と*14大腿骨と*15腓骨が折れている」という理由で突き返されて、電話で亡くなった人の遺族に謝って遺族からボロクソに怒られた社員がいて、翌日にその亡くなった人の遺族のもとに上司と菓子折りを持って謝りに言ったが、遺族から菓子折りの包みを投げ返されたらしい・・・というのも、ほかの社員のお喋りで聞いたことがある。

外の空気に慣れてきたその時、どこかのアニメの「もう歳(とし)かしら。徹夜が堪えるわ。」という台詞が一瞬頭をよぎる。よく考えると、徹夜が堪えると思ってもおかしくない歳になっていたんだよな・・・。

01/04/08(2008年1月4日)
この日は日勤。*16パートナーと朝食を取る。
仕事から家に帰ると、駅前は初詣目的や初売りの人がたくさんいる。駅の近くのパチンコホールの方を観ると、店の外にまで行列が出来ていたために、新装開店か新台入れ替えでもあったのだろうか?

01/05/08(2008年1月5日)

2008年1月5日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は日勤。パートナーと朝食を取る。
午後に(東京都)○○市から依頼のあった告別式の手伝いへ行く。会場が畜産試験場の近くにある葬祭場だったので、ほかの社員と共に畜産試験場からの家畜独特の臭いを我慢しながら受付をこなすが、街暮らしに慣れている身には結構堪える・・・。
告別式が一通り終わり、「出棺の儀」。
僕は参列者の人たちと霊柩車の後ろへ棺を積み込んで、霊柩車の運転のために運転席で、*17遺影を持った人が乗り込むのを待っている。待っている最中に、○○市の火葬場から無線で、予約していた*18「お釜」の時間の事についての回答を求められた。ご遺族さん、気持ちは分かるけど、*19ケツカッチンなので早く乗って・・・。
これまで○○市の火葬場には10回くらい行ったことがある。これまでの(東京都)○○市は山深くて、火葬場へ向かう道はイノシシや鹿と車道で出くわすようなところだった。だが、この数年の間に、住宅地や大型スーパーが急激に増えた影響で、会社からの無線を聴いても混乱しそうになることが時々ある。*20霊柩車にはカーナビが無いため、会社や火葬場からの無線しか頼れる物が無い。僕が霊柩車の運転役になった時は、その都度「案内が下手な人に当たりませんように」と祈ってしまう・・・。

こんな一日だったせいか、○○市から戻って、家路に向かうバスを待つ間に飲んだホットの*21マックス缶が何だか身に染みた・・・。
家に帰ると、仕事から帰ってきたパートナーがテレビを観ていた。

→つづく・・・。

 

参考資料
よりそうお葬式「献体の登録手続きの方法と献体することの意味とは」
https://www.yoriso.com/sogi/kentai/
寝台・安置・葬儀場情報「遺体搬送時の納体袋!利用する場合と料金は?」
http://sogi-tokyo.com/2018/06/10/%E9%81%BA%E4%BD%93%E6%90%AC%E9%80%81%E6%99%82%E3%81%AE%E7%B4%8D%E4%BD%93%E8%A2%8B%EF%BC%81%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E5%A0%B4%E5%90%88%E3%81%A8%E6%96%99%E9%87%91%E3%81%AF%EF%BC%9F/#:~:text=%E7%B4%8D%E4%BD%93%E8%A2%8B%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%AE,%E7%B4%8D%E3%82%81%E3%82%8B%E8%A2%8B%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82.
葬儀ナビ「献体とは?手続きの流れと把握しておきたい注意点」
https://sogi-navi.com/tips/view_8309/
ほくと葬礼社「静かなドライブ ~霊柩車のはなし」
https://www.hokuto.biz/blog-2150.html
SmartDrive Fleet「導入事例 思いやりの心を大事にする葬儀会社が車両管理システムの導入で気づいた、ささやかな配慮の重要性」
https://smartdrive-fleet.jp/case/yuima-ru

*1:Windows系パソコンで、ファイルを右クリックすると表示される、ファイルが置いてある場所、フォルダ、オブジェクトの特性などを表す情報。

*2:日本中のほとんどの葬儀社は24時間営業。そのため、救急医療を扱う病院や一部の工場勤務のように、葬儀社にも日勤と夜勤があるという。

*3:大阪府出身の社会思想研究家・須原一秀氏(享年65歳)が、2006年4月に自決する前に書き残した哲学書の遺稿を、須原氏の遺族と須原氏の友人・知人によって、2008年1月に書籍化したもの。現在絶版。

*4:「けんたい」と読む。教育・研究や医療技術向上に役立たせるために、自分の遺体を無条件・無報酬で日本の医大・歯科大学へ提供すること。

*5:「いたいいそう」と読む。葬祭業界用語の1つで、遺体を霊柩車などで病院または警察署から自宅や斎場などへ運ぶこと。

*6:「のうたいぶくろ」と読む。亡くなった人(遺体)を入れるための袋。業者や袋のメーカーによっては、「遺体収納袋」「遺体袋」「遺体収容袋」などとも呼ばれている。亡くなった人の状態や亡くなり方によっては、袋に入れてから棺へ納めるというのが通常の使い方。だが稀に、費用の節約目的で棺の代用品として使うところがあるという。

*7:この中で言っている「担架」とは、葬儀社などで使われる「遺体用担架」と呼ばれる物のことと思われる。

*8:2008年当時の話なので、現在は替わっているものと思われる。

*9:主に、人が病院で亡くなった場合に医師から発行される書類のこと。ちなみに、この死亡届は、最初からこの死亡診断書と合体しているので、市区町村役場で火葬許可の手続きをする際には一緒に提出される。そのため、ほとんどの葬儀社では手続きの前には必ずコピーを複数枚取って、後日に遺族側へ渡される。

*10:亡くなった人を火葬するために必要な書類。ただ、この書類をもらうための手続きは色々と面倒な工程があるため、遺族の代わりに葬儀社が手続きの代行をすることが多い。

*11:火葬を済ませた遺骨を、霊園や神社仏閣などにあるお墓へ入れる時に必要な書類。お墓がいらない場合でも必要。

*12:多くの医大では、“教材として使う遺体は防腐処理と保全処理をするため、皮膚・臓器が一通りそろっていて骨も一切折れていないことが理想”とされている。そのため、死後に皮膚や臓器の提供をしていたり、事故などで派手な死に方をしていたり、死因が自殺だったり、感染症を患っていた場合は、例え生前に献体手続きをしていたとしても、受付を断られることがあるという。

*13:「とうこつ」と読む。骨格模型などで出てくる、前腕の二本の長い骨の1つ。

*14:「だいたいこつ」と読む。足の骨の1つで、股関節から膝関節までを構成している。生物学では、ほ乳類の体では最も長くて体積がある骨と言われている。

*15:「ひこつ」と読む。足の骨の1つで、膝から足首までを構成していて、骨格模型などで出てくるすねの骨の側にある細い骨のこと。

*16:2008年に取材をしていた当時の雑談で、彼は自分が日勤の日や休みの日は、なるべく朝食は同棲しているパートナーと取るようにしていたと語っていたことがある。なお、このパートナーの事についてはもう少し後になってから明かそうと思う。

*17:ここでは、遺族代表者(いわゆる喪主)のこと。

*18:葬祭業界の隠語の1つで、「火葬炉」のこと。

*19:元々はドラマや映画の撮影現場の中で使われていた言葉の1つで、役者やタレントなどのその後のスケジュールが埋まっていて拘束時間に制限がある状態になっていること。バブル世代の人たちの間で使われた影響で、一般の人々の中でも平成時代が終わるまで使われていたらしい。

*20:日本の多くの葬儀社や葬祭業者の霊柩車にはカーナビがない。移動中の情報や話のやり取りは無線で行われているのがほとんどだという。しかし、近年はこの無線のやり取りに激怒する遺族も出てきていることから、一部の葬儀社や葬祭業者の霊柩車では、最新の車両管理システムを導入して、ほぼ無言で仕事をこなしているところもあるらしい。

*21:たぶん、缶入りの「マックスコーヒー」の事ではないかと思われる。

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