洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧ペンネーム・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第21話

第21話:パートナーと6ヶ月ぶりの飲み、僕はナメられていたのだろうか?、最後の葬儀

 彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200807」より。ブログ掲載の都合上、多少の自主規制あり。

07/18/08(2008年7月18日)
今日は日勤。朝から曇っているが、相変わらず外はすごく暑い・・・。
パートナーと朝食をとる。

午前中は、(立川の)自社ホールの清掃の手伝い。
去年の冬に僕が*1幕張した壁の*2ドレープ幕と*3水引幕が外されているのを偶然見かける。どうも、新しい物と交換されるようだ。

午後。
TくんとEくんで電話対応の練習をしてもらうが、相変わらず問題が起こる。彼らはすごく凹んでいた。筆記試験は良い点であっても、実技でボロが出てしまうというのはよくあるし、僕も前に葬祭業界の人向けの試験中に経験したことあるので解っているつもりだ。だが、内心「彼らに適性があるだろうか」と思い悩んでしまう・・・。

20087月18日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

夜。
今日は運良く夕方の6時であがることが出来た。だが、空は黒い雲で覆われていてゴロゴロと鳴っていることが気になる。しかし、吉祥寺駅に近づいてきた頃には空はゴロゴロ言わなくなった・・・。

吉祥寺駅の近くのアイスクリーム屋でバナナアンドストロベリーを食べながら、パートナーと午後7時に待ち合わせ。あの人は職業柄、平日の朝の8時から夕方の5時まで忙しい。僕らは、近くの*4ヨドバシの中にある定食屋のような居酒屋で飲む約束していた。
自宅以外で飲むのは6ヶ月ぶり・・・。

07/19/08(2008年7月19日)
朝から空は曇っているが、昨日より暑い・・・。
僕は、なぜか昨日の夜のことをどうしても思い出せないでいた。
ただ今日の昼過ぎに、やるせない気だるさを全身にまとって目覚めたという事実は確認している。幸い、この日は休みだった。パートナーもこの日は休みだった。

パートナーの話によると、僕はグラス1杯弱のビールで酔いつぶれてしまい、動かなくなってしまった僕を無理やり引っ張って、立川(駅)行きの電車に飛び乗って帰ってきたのだという。払いはパートナーがしてくれたという。パートナーには申し訳ない事をさせたなと思った・・・。「酒、弱くなったね。」とパートナーには笑われた。

07/20/08(2008年7月20日

2008年7月20日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は日勤。
毎日のように暑くて、朝から晴れている・・・。
この日は休みのパートナーと朝食をとる。

午前中はオフィスワークで終わった。

午後。
オフィスで、Tくんから今日の勉強会で使うストップウォッチの操作方法を教えてもらう。
どうにかストップウォッチの操作方法を覚え込んだ僕は、2級葬祭ディレクターを持っている社員たちの勉強会の会場へ向かう。この日は僕の苦手な接遇試験と司会試験の練習。接遇では時間オーバーが連発し、司会では尺が埋まらないというのが連発していた・・・。
果たして、こんな調子で*59月の試験に間に合うのだろうか?

07/21/08(2008年7月21日)
今日は日勤。毎日のように暑くて、朝から曇っている・・・。
今日は「海の日」という祝日だそうだが、どうもしっくりこない。

午前中。
オフィスワークの合間に、僕の仕事を引き継ぐため、8月に(東京都)千代田区の本社から移動してくるNさんという女性社員と、埼玉県の本社(前から思っていたが、ここは「支社」ではないのだろうか?)から移動してくるSさんという1級葬祭ディレクターを持つ女性社員が、顔合わせの挨拶に来た。特に埼玉県から来た彼女は、入社式と新人研修の時以来、東京都には来ていないのだという・・・。

午後。
会議室の一室で、TくんとEくんの研修。
事前に頼んでいたほかの部署の社員に若手の社員に協力を頼んで、電話対応の練習をしてもらうが、問題が多発した・・・。

帰宅途中、立川駅の近くにあるパチンコホールが「海の日」と言うイベントの呼び込みをやっているのを見かける。確かに“海”という字が名前に入っているパチンコはあるの知っているけど・・・。

07/22/08(2008年7月22日)

2008年7月22日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

今日は休み。朝から曇っているが、相変わらず外はすごく暑い・・・。
パートナーと朝食をとる。

午前。
通院治療と放射線治療で病院へ行く。放射線治療のせいか、最近家から病院へ歩いていくことがつらくなってきたために、病院の最寄り駅へ行く列車に乗っていく。
採血の後、放射線治療を受けた。

午後。
診察室で担当医からいきなり激怒された。さっき採血した血液を調べたところ、僕の血液中にアルコールが見つかったという。僕が3日前に酒を飲んでいたことがバレてしまったし、今の僕の身体のアルコール処理能力が相当落ちているという事を痛感する。*6「ノンアルコールのビールとかあればいいのに」と心の中で思った・・・。
僕が診察室を出ようとしたら担当医に呼び止められて、今週中に僕の同居人(パートナー)を連れて(病院へ)来るように言われる。同居人のことについては、*7あの時の入院中に担当医に尋ねられた事があるので、多少*8オブラートで包みながらも(同居人が)いるというのは語ったことがある。だが、呼び出される日が来るとは思わなかった。担当医が僕の同居人の顔を観たらなんて思うのだろうと思うと、ただ不安しかない・・・。
同居人は平日仕事をしているので連れてくることは難しいと伝えるが、担当医から「土曜日の午前中に時間を作る」と言われた。
気まずいけど、後でパートナーと交渉しなくてはならない・・・。

夜寝る前に観たテレビのニュースが、何だか物々しいことになっている。何でも、*921時過ぎに京王八王子駅のビルで人が刺されたという。

07/23/08(2008年7月23日)

2008年7月23日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

この日は日勤。朝から曇っていて暑い・・・。

午前中。
TくんとEくんに、事前に頼んでいたほかの部署の社員をお客様役にして、電話対応の練習をしてもらうが、まだ問題があるように感じる・・・。

午後。
会議室の一室で、葬祭ディレクター試験の勉強会。
僕がこの勉強会に出るのは、これが最後。今後は会社にいるほかの1級葬祭ディレクターの人たちが指導するという。この日は、会社のほうで製作した筆記の模擬試験と実技試験の*10幕張の練習をした。
筆記の模擬試験の時は緊張感が凄かったが、幕張の練習の時は緊張感が更に増していた。さすがに、幕張の作業中に手指をケガする人はいなくなったが、5名中3名ほど、メジャーの目盛りを読み間違えていたり、ヒダの間隔が試験問題での指示より広く作っていたりする人がいた。僕もヒダを作る工程は苦手だが、これも身体で覚えるしかないんだよなぁ・・・。
この日の勉強会の最後に、僕は今日で(勉強会に出るのは)ラストになるという事を言い、「私みたいな人は、実際の会場や審査員にはいないと思うので、試験当日は気を締めて、試験会場に行ってください。」と言って終わった・・・はずだが、なぜか受講していた社員たちはフリーズしている。どうして、こんな事が起こったのだろう?
もしかして、今回の勉強会の中での僕は、受講していた社員たちからナメられていたのだろうか?

夜。
会社帰りに病院へ行って、放射線治療を終えて帰ろうとすると、担当医から点滴をしていくようにと言われた。どうも、医師は僕が衰弱していると判断したようだ。
帰る際に看護師から聞いたが、点滴中の僕は爆睡していたらしい・・・。

07/24/08(2008年7月24日)

2008年7月24日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

今日は日勤。朝から曇っている。
パートナーと朝食をとる。

午前中。
TくんとEくんの研修。電話対応の練習をするが、昨日よりは良くなってきたような気がする・・・。

午後。
この日は、(東京都)八王子市にある自社ホールの1つで催される、78歳の女性のお通夜の会場設営の指示出しと手伝い。今回の通夜・告別式にはさんとSさんにも参加してもらう。
しかし、NさんとSさんは葬儀に関わった経験が少ないのか、緊張しながら会場設営の手伝いをしている。運んでいる最中に転倒したり、参列者が座る椅子の並べ方や祭壇の飾り付けで、ほかの社員から怒鳴られているのを何度も見かけた(本当は指示出しをしている僕のほうから言ったほうが良かったのだろうが、先を越されてしまった・・・。)。

作業が終わった後に彼女たちから聴いたが、今いる会社では*11「女性だから」という理由で、これまでの葬儀では受付と参列者へのあいさつ役ばかりだと言っていた。

07/25/08(2008年7月25日)
朝からカンカン照りですごく暑い・・・。こんな天気の時って、*12都会の人はビルの屋上や公園の芝生に寝そべって、肌を焼くんだろうな・・・。

午前中。
この日は、(東京都)八王子市にある自社ホールの1つで催される、78歳女性の告別式の会場設営の指示出しと進行の手伝い。スケジュール的に、これが僕の関わる最後の葬儀になるだろう。

告別式が終わって、霊柩車とご遺族を載せたバスが火葬場への移動を始めるのを確認した僕は、僕はNさんとSさんを社用車に載せると、霊柩車とバスの後について行く。
火葬場に着くと、僕は1級葬祭ディレクターを持つSさんに必要書類を渡して、「車をとめるところ探すから、(僕の)代わりに(78歳女性の)火葬の手続きをやってきてください」と頼んで、先に車から降ろす。次にNさんへ「すぐにご遺族方のところへ行って、お声がけや“納棺の儀”の相談に乗ってあげてください。絶対(相談者は)来るから。」と言って車から降ろした。
社用車を駐車して火葬場の中に入ると、Sさんから「手続き完了しました。」と報告を受ける。この時のSさんはどこかやりがいを感じているようにも見えた。火葬が終わるのを待っている最中、Nさんから「先ほどはありがとうございました。初めて、本気でこの会社に入って良かったと思いました」と言われた。
どんだけ*13男尊女卑な職場なんだろう。彼女たちのいる職場って・・・。

→つづく・・・。


参考資料

いい葬儀.com「葬儀で使われる幕にはどんなものがある?」
https://www.e-sogi.com/guide/17324/

 

*1:「まくはり」と読む。ここでは千葉県の地名のことではなく、葬祭業界用語のこと。文字通り、葬儀会場や会場受付などに幕を張る事。

*2:「どれーぷまく」と読む。葬儀会場で壁を隠したり、祭壇の後方を飾るために使う幕のこと。

*3:「みずひきまく」と読む。主に、葬儀会場の入り口や祭壇の手前、室内の四方などに天井から垂らした、幅が短い幕のこと。

*4:ヨドバシカメラ吉祥寺店が入っているビルのことではないかと思われる。なお、彼らが行っていたと思われる店は2020年現在、閉店している。

*5:葬祭ディレクターの試験は、毎年9月に行われるという。

*6:彼がいた頃の日本には、ノンアルコールビールなどを含む「ノンアルコールのお酒風飲み物」はまだなかった。ちなみに、日本でノンアルコールビールが発売されたのは2009年4月から。

*7:第18話を参照。

*8:明治時代からあると言われている慣用句。本来の意味は、相手を刺激しないために直接的な表現を避けて遠回しな言い方をすることだが、こういう使い方もあるようだ・・・。ちなみにオブラートというのは、薬局やドラッグストアの中に置いてある、粉薬を飲みやすくするために使うデンプンを加工したシートのこと。

*9:2008年7月22日の夜に、東京都八王子市で起こった「八王子通り魔事件」のこと。この事件は、同日午後9時40分頃。京王八王子駅の駅ビルの中にある書店(※2016年1月24日に閉店。現在は別の書店になっている。)で、当時33歳の男が文化包丁で、アルバイト店員の女子大学生と女性来店客を刺した後、エレベーターで1階に下りて外へ逃亡。刺されたアルバイト店員は死亡し、来店客も全治3ヶ月の重傷を負った。事件現場には現金と容疑者の身分証明書が入った財布が、エレベーターには凶器の包丁が放置されていたという。その後犯人は事件から1時間後に、事件現場300メートル離れたJR八王子駅北口近くの路上にいたところを警察官に緊急逮捕された。

*10:「まくはり」と読む。ここでは、葬祭ディレクターの実技試験の課題のことである。これは、試験会場にある「焼香机」という折り畳み机に、試験会場で用意した白色の布と画びょうと、持参したハサミとメジャーを使って、指定された机の前面につける装飾と机の側面・背面に指定された布の張り方を実演するというものだが、審査では指定した通りに布を切って、指定されたとおりにヒダの数と間隔が出来ているのかを観られているという。

*11:2008年当時の日本の話です。現代の日本では、差別表現に取られる可能性があります。

*12:東京23区外で生まれ育った人や、東京23区外に長く住んでいる人ほど、皮肉を込めて東京23区の事を「都会」と呼称する人がいる。

*13:「だんそんじょひ」と読む。男女平等を否定し、女性を独立した人格とは認めない思想のこと。これが、日本の女性の社会進出を失速させているらしい・・・。

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