洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第18話

第18話:“彼”と死への加速装置

 彼の遺品のUSBフラッシュメモリ内「2008」フォルダから「200806」より。ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。 

06/17/08(2008年6月17日)

2008年6月17日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

入院して1日半。
朝5時過ぎ。職業病のせいで看護師が起こしに来るよりも先に目を覚ますが、病院の規則に従い、朝6時まで二度寝した・・・。

人生初の病院の朝食(暖かいほうじ茶とお粥とふりかけと種抜きの減塩梅干し)を食べて、味に落ち込んだ。スーパーやコンビニにあるレトルトお粥の方がまだマシに思えてきた・・・。 

昨日、病院が消灯時間に入る前にTくんに頼んでおいた携帯電話を、一緒に持ってきてもらった老眼鏡で観ると、パートナーから何回も電話とメールが来た痕跡があったし、(携帯電話の)バッテリーの残量も怪しくなっていたる事も気がかりだ・・・。
僕はメールをしに行きたいと看護師に申告すると、看護師から使い捨てマスクを付けられた。髭に引っかかって、うっとうしい・・・。
僕の身体と繋がっている痛み止めの薬の袋をお供に連れて、病床から病院内の携帯電話を使って良いスペースがある階へ移動する。その途中に観たテレビに映る天気予報で、これから(気温が)29℃になると言っているのを観る。そして、パートナーの携帯電話に僕の入院先を書いたメールを送った。

午後。
病床で横になっている最中、僕の携帯電話にパートナーから電話が来た痕跡を見つける。再びマスクをして、看護師の目を盗んで、痛み止めの薬の袋をお供に連れて移動し、電話を掛け直すとパートナーからすごい怒られた・・・。

06/18/08(2008年6月18日)
入院して2日半。
昨日パートナーに頼んでいた物を、仕事などの都合で病院へ来られないパートナーの代わりに、Tくんに持ってきてもらっていた。パジャマと下着なども助かったが、お絵かき帳とボールペンと携帯電話の充電器があったのには本当に助かる。ここはパソコンの持ち込み禁止なので、こんなカーテンで仕切られた空間の中では、病床の側にあるテレビか携帯電話のワンセグを使ってテレビを観るか、食事をするか、何かを書いて気を紛らわす事くらいしかない。しかし病院の食事は、家で食べているよりも量が少ない。そのせいか、尋常じゃない空腹感に襲われている・・・。

06/19/08(2008年6月19日)

2008年6月19日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

僕が入院して3日半。
朝9時過ぎから精密検査があるせいで、腰の痛みと空腹と喉の渇きに苦しんでいた。
まるで*1“死にかけの鶏”のような状態の僕は車いすに乗せられて、精密検査を行ったり来たりしていた。これは夜まで続いた・・・。
検査が終わった後に医師のところへ連れていかれると、飲むタイプの痛み止めを処方された。

夕食は出たが、周りの入院患者は温かいほうじ茶と定食のようなものだったのに対して、僕だけは温かいほうじ茶と米の形が分からないお粥と漬物だけだった・・・。

夕食後。
若い女性の看護師が僕に処方された飲み薬を届けに来る。そして、処方された薬の飲み方の説明を受けた。

06/20/08(2008年6月20日

2008年6月20日の彼・その1

©2021 Ryoichi Satomiya

僕が入院して4日半。

この数日、僕の朝食は和食だったが、「明日の朝食は選択制です。」というプリントが来たので、和食連発に嫌気を感じていた僕は、昨夜に注文の手続きをした。

朝食。
昨夜に注文した朝食が僕のところに来た。しかし届いたのは、視点を変えると厚みがイマイチでケチャップがかかっていないオムレツに茹でたニンジンを添えたものと、食事制限患者用食パン1枚といちごジャムとマーガリンとバナナ半分と小さい牛乳。うら寂しさはハンパなかった。病院食で洋食を希望すると、こんな感じなのだろうか?
この朝食を観ていると、和食のに出てくる複数の小鉢の存在意義がよく解ったような気がする・・・。何だか、パートナーのママレードやジャムが恋しい・・・。

昼食に、かけうどんとプリンが出た。「うどんの汁は飲まないでください」と書かれた紙が置いてあった。うどんは普通に美味しかったが、プリンを一口食べて、味にひどく落ち込む。*2見掛けだけがプリンというものだった・・・。

2008年6月20日の彼・その2

©2021 Ryoichi Satomiya

夕方。
気分転換に入院病棟の中のバスルームへ行って、シャワーを浴びて、髭を剃る。バスルームから出ると、病院の中を少し歩き回る。
その途中、診察時間が終わって誰もいない外来棟に向かうと、自動販売機が密集している一角が目に入る。僕はそこへ歩み寄って、冷凍食品販売機の「から揚げポテト」の写真をにらみながら、ほかの自動販売機で買った紙コップ入りのメロンソーダをちびりちびりと飲む。メロンソーダを飲み終わると、足早に病床へ戻る。*3シャバが恋しい・・・。

06/21/08(2008年6月21日)

2008年6月21日の彼・その1

©2021 Ryoichi Satomiya

僕が入院して5日半。
入院中にが決まった直後に受けた様々な検査の結果が出たので、15時に医師から面談室へ来るように言われた。

15時に面談室へ入ると、僕の担当医がいる。
医師によると、僕は*4ステージ4のすい臓癌で、癌は骨や腎臓などにも転移していると言われた。ここまで進んだ原因の1つには、僕がすい臓からの*5関連痛をひどい腰痛だと思い込んでいたからだとも言われた。医者は僕の*6余命のことは教えてくれなかったが、無意識に医師が出していた気配からすると、僕の残り時間はそう長くはないのだろう。どうも、僕の体の中では“死への加速装置”が起動しているようだ・・・。
*7僕が独り身ということから、医師からは*8ホスピス行きの早い検討をと勧められる。出来る事ならば、行きたくないが・・・。

2008年6月21日の彼・その2

©2021 Ryoichi Satomiya

仕事柄、時々ホスピスで亡くなった人のお迎えに来ると、ついでに入所者の姿を見かけることがよくあるのだが、みんなキラキラオーラを出しながら日々を過ごしている人ばかりだったので、僕の性に合わなそうだなと思った記憶がある・・・。

夕食中。
パートナーから「診断結果を教えてほしい」というメールが届いていたのに気付くが、まだパートナーには僕の本当の病気の事は伝えられそうにない。「過労で倒れただけ」と返信して、パートナーに嘘をついた・・・。

06/22/08(2008年6月22日)
僕が入院して6日半。
僕の中の“死への加速装置”が起動している事を知って2日目。
起きる前から雨が降っているらしく、病床で寝ている時から激しい雨音が耳に入る・・・。
午後の診察中に明日退院しても良いと言われたが、今後は内服薬と通院での治療になるとも言われた。僕は、会社と保険会社に提出する診断書等の書類を書いてほしいと医師に頼んだ。

夕食前。
看護師の目を盗んで、病院内の携帯電話を使って良いスペースがある階へ移動して、パートナーに明日退院出来ることになったことをメールした。
知らん顔をして病床に戻るが、誰も気づいていなかった・・・。

06/23/08(2008年6月23日)
朝食を病床で食べた後に、看護師と一緒に病床の片づけをする。

退院。
Tくんに僕の入院費と検査費用を立て替えてもらい、職場に提出する領収書と診断書などを受け取ると、病院の外へ出る。
空は曇っていて、涼しく感じた。
そして、病院の隣にある調剤薬局へ移動すると、自分の人生の中で観たことがない大量の飲み薬を渡された・・・。

2008年6月22日の彼

©2021 Ryoichi Satomiya

タクシーに乗って帰宅するが、パートナーはまだ仕事中で家にいない。
だが、「お帰りなさい。退院おめでとう。今日はパチンコへ行かないで家で休んでください。もし帰宅早々、パチンコへ行ったら潰す!」というパートナーの書き置きがあった。あの人、前までは「殺す」とか言ってたけど、少しは大人になったか・・・。パートナーに潰されたくないので、この日は家で過ごそうと思った。
・・・が、テレビは芸能人のスキャンダルばかり報じていることがつまらなくて、気晴らしに少し外へ出る。雑多な日常風景を観ているだけなのに、何だか精神的に落ち着いた。
外から戻ると、駅ビルの中にある肉屋で買った、鶏手羽の中割りを使って、夜に帰ってくるパートナーに*9「鶏の酒煮」を作る。

夜。
仕事から帰ってきたパートナーと再会。「なんか瘦せたね」と言われた。
ビール代わりの辛口のジンジャーエールと、「鶏の酒煮」と、パートナーが近所にある量り売りの総菜屋で買ってきた総菜で、退院祝いのささやかな祝宴をした・・・。

→つづく・・・。


参考資料
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「関連痛」
https://kotobank.jp/word/%E9%96%A2%E9%80%A3%E7%97%9B-49784
フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』「関連痛」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E9%80%A3%E7%97%9B
看護roo! 現場で使える看護知識「ワンポイント生理学 関連痛|感覚」
https://www.kango-roo.com/learning/2413/
がんと宣告されたら「癌 ステージ4」
https://menekiryoho.com/stage/stage%e2%85%a3-cancer/#4
時事メディカル「教えて!けいゆう先生 「私はどれだけ生きられる?」がん患者の余命とは何か」
https://medical.jiji.com/topics/562


*1:コサキンのラジオ番組のDJやリスナーが使っていた表現の1つ。ものすごく衰弱しているイメージらしい・・・。

*2:身体に入れている薬や医療機関の検査に悪影響を与えることなく、食物アレルギーを発症しにくい物で作られた、栄養と水分補給をさせるための物の一種。近年の入院している人向けの食事ではおなじみの物らしい。

*3:(軍隊や刑務所や遊郭などを含む)束縛された状態にある人から見た、外の自由な世界」、「一般社会」を表す言葉。

*4:がんが見つかった部分のほかに、他の臓器への転移(病原体やがん細胞が、原発巣から血流やリンパ流などを介して他の場所に移って、そこに同様な組織変化を起こさせること。)がある状態のこと。ステージ1の10年生存率が86%であるのに対して、ステージ4では12%となる。がんは早期発見されれば治る病気だが、進行すると急激に生存率が落ちてしまうという・・・。

*5:人間の生理現象の1つで、痛みとなる原因が生じた部位とは異なる部位に感じる痛みのこと。1つの神経経路が複数部位からの刺激伝達を受け持つ場合、脳が刺激の源を誤認することによって起こるという。例えば、腕がやたらと痛いと思っていたら、心臓発作の痛みだったとか、ひどい腰痛だと思っていたらすい臓の病気だったなどというのがある。

*6:日本の医師の世界で「生存期間中央値(過去のデータから同じ病気の人を99人集め、生きられた期間が長い順番に並べた時に、ちょうど真ん中の50番目に来る人が生きた期間。)」と呼ばれる値のこと。だが、医療関係者によっては「あまり信用しないほうが良い」という人もいる。理由は、病気の進行の速さや、薬がどのくらい効くか、患者さんの体力がどのくらいかなどの特徴が一人として同じ人はいないからである。ちなみに、日本にいる多くの医師は、ドラマや映画みたいに余命宣告はしないのだという。

*7:“彼”は、当時の社会的事情を考慮して、職場の人や近所の人などに自身のパートナーの存在を明かさないようにしていたという。もしもきかれた場合は、パートナーのことは「(“彼”の)親戚」や「同居人」と答えるようにしていたと、2008年10月に行った取材の中で語っていた。

*8:主に、死が迫っている患者とその家族の苦痛を最小限にすることを主な目的とする療法やプログラムの総称。なお近年の日本では「ホスピス」より、「終末医療」や「緩和ケア」という言葉を使う人のほうが多いという。

*9:2008年9月の取材記録の中に残っていた彼とのある雑談中の発言によると、適量の日本酒と駄菓子の乾燥梅干し(または塩気が強いタイプの梅干し)と鶏の中割り(手羽中」を横に割ったものの呼称の1つ。)を入れて炊いた煮物。