洋梨とバックロールエントリー

敏宮凌一(旧・敏宮龍一)によるブログ。

『ある山下テツローの場合』→第27話

第27話:From SAT/彼からの依頼・その2

ブログ掲載の都合上、一部自主規制あり。

2008年8月21日・その1

©2020,2021 Ryoichi Satomiya

彼は、乳白色の割合が増して淡い緑色に変わったクリームソーダを一口吸うと、私にこう語りだす。
彼「実はね、僕は来年で死ぬんですよ。」
私は、彼のこの一言に一瞬固まった。彼は私のこの反応を見て、困ったような笑顔をしている。

2008年8月21日・その3

©2020,2021 Ryoichi Satomiya

私は、彼の言っていることを理解することが出来ず、堪らず・・・。
「失礼します。」と言うと、バッグを肩に掛けると席を立った。
それに気付いた彼は、慌てて立ち上がる。
彼「まっ、待って下さい!ちょっと待ってください!」
彼はその場を離れようとする私を慌てて止めると、彼は私の背丈に合わせて中腰になると、真剣な顔をして私にこう言った。
彼「お願いです!最後まで聴いてもらえませんか?帰るのは、それからでも良いですから・・・。」

私が落ち着いたのを確認すると、私と彼は再び席に戻る。
彼はなぜ来年死ぬと言ったのかという理由を訊ねようとしたが、彼が「その前に1つ話しておきたいことがある」と言う。それは、彼が60歳までに死のうと構想しているというものだった・・・。
彼「僕は、60(歳)までに死のうと思っているんです。僕が生まれた時代の60歳以上の大人のほとんどが、昔話とかに出てくるようなヨボヨボで、杖を突かないと歩くことが出来ない人や、寝たきりの・・・今で言う“要介護”の人ばかりだったし、子供や若者にバカにされているというのがよくある光景だったんだ。僕も1990年代までは若者ぶっていたけれど、ある日突然、視界が暗くなってマンガもテレビも観づらくなったんだ。全然良くならないから眼医者へ行ったら、老眼だと言われたんだ。それ以降、視界は悪くなる一方だし、腰痛が癖のようになったんだよ。自分も、もうお年寄りの第一歩を踏み出しているという事を実感した・・・(苦笑)。」
敏宮「そう言われると、何となく解る気がします。小学校までは目は普通だったのに、中学生になった途端、突然月が何重にも見えるようになりました。初めは病気かと思っていたら、“近視性乱視”という病気だと言われた上に、“お父さんを恨みなさい”と医師に言われました・・・。父は家ではしょっちゅうメガネだったので、納得しましたが(苦笑)。年を取るって、こういう事なのかと・・・。」
彼「それは年を取るってことではないと思います。お父さん・・・。そうか、遺伝ってことか。だからって、ひどいなその医者・・・。」
敏宮「事実ですから、ある意味あっていますよ・・・(苦笑)。」

彼「(19)90年代にやっていた*1老人Z』ってアニメを観た時、前半の、体中に複数のチューブやケーブルが這い蹲っていて、ロボットにはり付けられているお年寄り見て、結構応えた・・・。」
敏宮「その『老人Z』ってアニメは、私は観た事が無いというか・・・存じ上げていないです。すいません!」
彼「え?そうなんですか?!みんな知っているものだと思っていた。うわぁ・・・。」
敏宮「(慌てて、)お、お気になさらずに!アニメの好みも千差万別ですから・・・。“うわぁ”って、ならなくても大丈夫ですから!私も、そういう事は日常茶飯事ですから!」
彼「ありがとう・・・(苦笑)。話を続けていい?」
敏宮「すいません。私が話の腰を折ってしまって・・・。」
彼「別に気にしなくていいよ・・・。僕が60(歳)までに死のうと思ったことが決定的になったのは、*22001年の3月に、パートナーと出かけた『日本アンデパンダン展』の中にあった、グリム童話の中に『寿命』という話を題材にした体験型の作品を観た事かな。僕はその作品を観るまで、グリム童話の中にそんな話がある事を知りませんでした。この話を知ってからは、“これ以上、僕はこの世界にいつづけて良いのかな?”と思索にふけるようになって、今に至るというわけです・・・。」
敏宮「『寿命』は私も知りませんでした。後で探して読んでみます。その思索が、○○(彼の本名)さんがさっき来年死ぬと言ったことに繋がっていく・・・という事ですか?」
彼「・・・そう、ね。」
この彼の返事の仕方に、私は「この人は本心で言っていない」と感じ、「これは脈の気配が無いから、この依頼は断ろう」と決めたが、彼の話をもう少し聞いてから、退散することにした。

2008年8月21日・その4

©2020,2021 Ryoichi Satomiya

彼「僕が葬儀社で働いていたことは言いましたっけ?」
敏宮「はい。」
彼「55(歳)のときに、『老人Z』のような光景を観たことがあるんです。」
敏宮「55歳と言いますと・・・*3平成18年ですか?」
彼「・・・そうですね。5月のある日に、ほかの社員と*4ある病院に亡くなられた方をお迎えに行ってる途中で、偶然、観た病室の一室を見てしまって愕然としたんです。そこには、体中に複数のチューブやケーブルが這い蹲っている痩せた人がベッドに横たわっていて、『老人Z』を見ていたから、あれは結構応えた・・・。自分も将来そんな風になる気がしてしまって怖いんです・・・。」
敏宮「・・・確かに、昔からテレビドラマや映画とかで、そういう入院患者像を見たことあります。でも、だからといって、年老いたら必ずしも、病院でチューブだらけになるとは限らないじゃないですか。」
彼「そうかもしれませんが、あなたは今までの人生の中で良かったことあります?」
敏宮「2001年と2005年の秋葉原と渋谷のイベントで、坂本龍一さんと握手したこと・・・ですかね。あとは無いです。昔の記憶はほとんど無いので・・・。」
彼「うっ!いいな、“教授”と握手・・・。」
彼は、私が坂本龍一と握手したことがあるというのがショックだったのか、身動きせずに数分ほど止まる。
「昔の漫画かアニメみたいに、その場で黙り込んで動かなくなるという感情表現をする人を初めて見た」と私は心の中で呟くも、このまま放置することもどうかと思い、とりあえず彼が再起動するのを待つことにした。

そして、彼はすぐに我に返ると、私にこう聞いてきた。
彼「・・・でも、昔の記憶が無いって?」
彼の問いかけに対し、私はこう答えた。
敏宮「自分の人生は良かったことが全く無かったので、25歳のときに自分で自分の記憶を消してしまったんです。」
彼「消してしまった・・・ですか。」

私はこの時、彼からおさらばする体制に入ることにした。
私は、今後会いたくもない人には本音を言うようにしている。私の本音を聞かされた大抵の人は、二度と私にコンタクトを取ってこなくなる。これが私のトラブル回避策というものだ。
敏宮「*5あの日、○○さんと初めてお会いしたじゃないですか?本当は、あの日、誰にも会いたくなかったんです。」
彼「?」
敏宮「*6あの日一人で『WORLD HAPPINESS』に行ったのはですね、私の人生を清算するための*7最後の晩餐みたいなものだったんです。フェスが終わったら、家に帰らないでフェスの思い出を抱えたまま、自分を終わらせようと思っていたからなんです。もう、人生最後のフェスに行って、YMOのお三方の姿も観ましたから、もう思い残すことは無かったんです。でも、あなたに遭ってしまったので、終わらせるタイミングを逃しました。私の事を探している人がいるだなんて、予想外でしたよ。」

2008年8月21日・その5

©2021 Ryoichi Satomiya

ところが、彼は私に向かってこう言ってきた。
彼「(強めの口調で、)嘘つき。あなたは単に、僕と音を感じていただけじゃないですか!あれは“YMOのお三方を観ました”だなんて言えませんよ。あの程度で“もう思い残す事は無かった”なんて言うもんじゃないです。僕には時間は無いけれど、あなたにはまだ時間があるでしょ?それに、“あなたに遭ってしまったので、自分を終わらせるタイミングを逃した”だなんて・・・。自分を嫌いになり続けるのはやめて下さい。キリがないから!」
私「すいません・・・。」

そして、私と彼は3分ほど沈黙した。

→つづく。


*1:1991年9月14日に公開された日本のアニメ映画。日本の高齢化社会や老後の介護などの問題をテーマに製作されたSF作品。

*2:第10話を参照。

*3:西暦にすると2006年。

*4:実際の話では病院の所在地を言っていたが、今回は諸事情で割愛させていただいた。

*5:くわしくは、“彼”が初めてフェスに行った話が含まれている第24話と、私が『WORLD HAPPINESS』で“彼”と会ったことが書かれている第25話を参照。

*6:私の2008年8月当時の実話である。

*7:奥行きがあるもののため、くわしくはネットまたは最寄りの図書館で調べていただきたい。